第二話 コア大根

 スマホ大根を耳に当ててから気づいた。

 いつから土の下にあったかもわからないスマホが鳴っている。

 絵面だけで軽いホラーだ。

 だが現実として、そのスマホは見慣れた画面で発光して、着信だよとうるさく教えてくる。

 普通だったら出ない。


 だが、オレは反射的にそれに出てしまった。

 取引先とやり合い続けた悲しい性だ。

 スワイプするらしい場所を指で撫で、耳にスマホを当てるまでほとんど反射だった。

 ざらざらした感触を食らったあとで、しまったと思った。

 これで変な電話だったらどうしよう。

 そんな風にドギマギしていると、聞こえてきたのは機械音声だ。


「この度は、ダンジョン制作ツールをご利用いただきありがとうございます、マスター」


 思わず耳から離して、画面をじっと見てしまったオレは悪くないと思う。

 画面には、着信ありという表示しかない。

 いたずらか?

 思わず睨みつけていると、思わぬところから答えが来た。


「マスター? どうかされましたか?」


 スマホが唐突にスピーカーモードに切り替わった。


「…は?」


「大丈夫ですかマスター? ご気分でも悪いのですか?」


 スマホから音声が聞こえてくる。

 それ自体は変な話ではない。

 だが、内容がそのもの変だ。


「…あの、どちら様ですか?」


「私はダンジョン作成ツール、『ダンジョンコア』です。以後お見知りおきを」


 そう言って、ピカピカとスマホが光る。

 

「何言ってんの?」


 思わず口に出して、しまったと思った。

 営業の基本は当たらず触らずだ。

 基本は地雷原にいるつもりで入って、そのなかで信頼感を築いていく感じだ。

 そして今のは正面衝突くらいの勢いがあった。

 相手が地雷持ちだったら間違いなくドカンだ。最近多いから一番気をつけないといけないポイントだ。

 研修でやらかせば、後輩に説教かますレベルの大失態だ。

 

 でもしょうがないと思う。あのダンジョンだなんて名乗られたら、誰でもこうなる。

 どうやってフォローしようか逡巡していると、スマホの相手が話し始める 


「お気持ちお察しいたします、マスター。戸惑われるのも仕方ありません」


 機械音声が、まるで歌うようにそんな事を言う。

 なんだそれ?


「あー、もう一度聞きますが、どちら様ですか? 作成センター?」


「私はダンジョン作成ツール『ダンジョンコア』です。どうぞよろしくお願いします」


 それがわからないんだ。

 むこうが平然と言ってのけるそれは、頭を抱えさせるには十分だった。


『ダンジョン』というのが現れるようになったのは、数年前のことだ。

 資源の宝庫とかで、どこへ言ってもダンジョンダンジョンだ。うちの会社が苦しくなったのもそれが原因だ。

 ただ、その分危険も多い。

 なんでも中では見たこともないような動物―――魔物が襲いかかってくるんだとか。

 ほかにも色々トラップがあったりして、中身はゲームのイメージそのものらしい。もちろん普通に死人が出る。

 ただそれと差し引きしても、資源の魅力は強いようだ。ちなみに資源というのは、魔物のドロップ品だ。うわさは色々聞いている。

 びっくりすることに、そこにでてくる魔物は倒すと消えて、アイテムを落とすんだとか。

 

 どこから来たのか、なんでできたのか、どういう仕組なのか。原理そのものが不明という現代の新しいフロンティアと言われている、要は眉唾なシロモノだ。


「…あの、いたずら電話ですか?」


「いえ、ですから私はダンジョン作成ツール、『ダンジョンコア』です」


 オレが改めて聞いて見ると、向こうはやはり平然と返してくる。

 この平然と返してくる、というのが厄介だ。


 電話で取引する場合は、相手の声色とか、間のとり方、そういうのを慎重に聞いてみる必要がある。そのへんをよく聞いてみれば、相手がどのへんを落とし所にしているかとかを炙り出せる。

 だがこの『ダンジョン作成ツール』さんは、オレの質問にもなんの動揺もしていない。


 これが詐欺なら息遣いの粗さ、勢いで押し切ろうとする早口、緊張でつばを飲み込むとか症状があるのだが、それが何一つない。

 そして何より、この機械音声、明らかに意思がある。


 さっきから何度も同じ質問をしているが、それに的確な答えを返してくる。何度も同じことを聞いてやると、確信でもない限り論点がずれてきたり、苛ついてきたりするのに、それがまったくない。セールスマンならかなりやり手だ。

 これで詐欺なら大したものだ。すくなくとも、押し問答でどうにかなる相手じゃないらしい。


「…いくつか質問良いですか?」


「もちろんです。何なりとご質問下さい」


 もしこのスマホがテレビ電話なら、自信満々といった具合だ。

 機械音声なのに抑揚がしっかりしている。

 だれかが変声機でも使ってるのか?


「…じゃあ、まず一つ。『ダンジョン作成ツール』ってなんです?」


 しょうがないので、いつも休憩に使っている岩に座る。いつもここで弁当にしている。

 オレが聞くと、スマホの音声が答える。


「はい、マスター。ダンジョン作成ツールとは、私自身です。私をご利用いただくことで、簡単にダンジョンを作成することができます」


 詐欺で自分がツールです、なんて答えるだろうか?

 いつものオレならそのままブチッと切ってしまう。

 まあ、いい。次。


「はぁ…。それで、あなたはなんなんです?」


 話を聞いても内容が理解できない。

 一応、自己紹介を求めると、スピーカーはスラスラと話し出す。


「私はダンジョンコアの機能を、更に簡略化、向上させる目的で作られました、優秀な汎用ゴーレム型ダンジョンコア、キーファと申します。以後お見知りおきを」


「…はぁ」


 スマホ大根のこれを自己紹介と取るか、妄言と取るか微妙なところだ。優秀ってわざわざつけるか?

 ダンジョンの仕組みはいまいちわかっていない。ある日突然ダンジョンができる。なんでも自宅の地下室が変わってしまったこともあったとか。

 だから、こんなふうに言われると否定のしようもないのだ。詐欺なら漬け込みやすいだろう。

 だがこのスマホが不法投棄の結果だった場合を考えると、ソッチのほうが都合がいいのも確かだ。

 ゴミを捨てられてました、というより、ある日ダンジョンコアが成ってました、という方が言い訳が聞く。だからさっきから切れないんだ。

 オレはひとまず納得した。


「…そのダンジョンコアが、どうしてこんなところに? 落とし物ですか?」


「わかりません。気づいたら、ここにいました」


 困ったことに、機械音声は本気で困惑していた。

 なんで機械音声で困惑が伝わるのかわからないが。

 なるほど。なるほど? ここ、、にいたってなんだ?


「えーっと、君はどこにいるんだ?」


「ですからここ、、です」


 スマホの相手は相変わらず、平然と答える。

 それでわかれば苦労しない。

 

「えーっと、どこです?」


「ここです。あー、少しお待ち下さい」


 スマホから、ピコンと音がした。

 メールでも来たようなそれが聞こえると、スマホの画面が光りだす。

 思わずまじまじそれを見ていると、光はすぐに収まった。

 スマホのスピーカーが言う。


「これで、視覚的にわかりやすくなったと思うのですが、いかがでしょう?」


 光が収まると、スマホの画面が切り替わっていた。

 まるでどこかの、それこそファンタジーの農家のような部屋が画面に表示されている。

 そしてその中に、動くものがいる。

 それが、おそらく言葉を話す。


「私が、というか、今マスターがお手にお持ちになっているのが、私、キーファです。ご納得いただけましたか?」


 そんなことをキーファらしきものは言った、と思う。

 だが思うことしかできない。確信は持てない。

 オレがなにも言わずにスマホを見ていると、それが動く。


「マスター? マスター? どうされました? なにか、お体の具合でも悪いのですか?」


 懸命に話してるんだろうけど、オレにはそれが話してるようには見えなかった。

 いや、呆然としていたのかもしれない。

 だって、画面に写っているのを一言で言ってしまえば、それはある意味見慣れたやつだからだ。


 白い。

 眩しいほどに真っ白な四肢。

 腰に当たる部分の見事なくびれ。

 それが無駄に色気を振りまき、くねりくねりとうねっている。

 テレビに出れば、一躍有名になるだろう。

 実際近所の農家がそれでコンテストに出していたはずだ。だが、これはそんな物、目じゃないと想う。

 そう一言で言えば。


「セクシー大根?」


 画面の中の部屋で、セクシー大根がうねうねとうごめいた。 

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