第10話 魔法の言葉
「シロさん、今回はすみませんでした。
危険な目にあわせて」
医者が帰った後、イデルはシロに言った。
シロは相変わらず、無表情のままイデルを見つめていた。
しかし、戦っていた時の雰囲気とは違っている。
―前のままだな。
イデルは安堵した。
「シロさんはこの町のことを先生から聞きましたか?」
その言葉に対して、シロは首を傾げる。
イデルは今までの経緯を話始めた。
この町は力を持たない者たちが集まってくる場所である。
ここにいる者たちは様々な点で『力』がなく。
各地から逃げてきたり迫害を受けてきた者が住む町。
ゴブリンもオーガもその一人であった。
しかし、どうしても上に立ちたかったゴブリンが
比較的強い者を従わさせるために『毒』を作った。
従わさせた者が弱くなったり、より強いものが現れたら
新しく『毒』を飲ませて従わせた。
結果、町の人はゴブリンを恐れて閉じこもるようになり
それが何年も続いている状態だった。
「シロさんに毒を飲ませられないと知れば、
多分もう彼は手を出してはこないと思います」
あらましを話終えたが、反応はなかった。
ただ、イデルを見つめるだけ。
「でもよかった、これでシロさんは自由ですよ。
ここにいなくていいんです」
この言葉でイデルは少し胸が苦しくなった。
体が原因ではない。
理由はわからない。
―彼女がいなくなるのが寂しいのか。
―自由にできない自分が悔しいのか。
―わからない。
イデルはうつむく。
―どんな話をすればいいんだろう。
自分の言葉がどんどんわからなくなった。
そんな時だった。
「イデル」
シロが彼の名前を呼んだ。
イデルが驚く間もなく、シロはイデルを抱きしめていた。
温かく、優しいものだ。
さらに彼女はこう言った。
「大丈夫」
大丈夫。
何のことだかわからなかった。
励ましなのか、
慰めなのか、
気休めなのか、
この一言はどんな意味でも表せる。
彼女の『大丈夫』の意図をイデルはわからなかった。
しかし、繰り返しその言葉を言い続け、優しく頭を撫でられると
目から涙がこぼれた。
大きな雫が滞ることなく顎を伝い、落ちる。
理由はわからない。
このわからないことが、なぜか心地よかった。
「一体こんなこと、いつの間に覚えたんですか?」
イデルは鼻を鳴らしながら呟いた。
シロはイデルを撫で続け、イデルはそれに身をゆだねだ。
…彼女の目がイデルと同じ『水色』になっていることに彼は知らなかった。
そして、シロがこの町のボスとしてイデルの家に居座ることになったのも
彼は知らなかった。
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