第17話 お前は黙っていろ!!!

「これでお別れねケビン。寂しくなるわ。エレナちゃんに優しくしてあげな きゃダメよ?」



 いつかの夕暮れ時。

 夕日を浴びて静かに微笑むシスティーナ姉ちゃんに 対し、ガキの俺は情緒もへったくれもなく肩を震わせて泣いていた。



「システィーナ姉ちゃん・・・・・・行っちゃやだ!」



 あれはシスティーナ姉ちゃんが嫁に行く前日だった。

 相手は確か、諸国を回って遊学している何処かのご立派な貴族って話だ。



「システィーナ姉ちゃん

 お、俺と結婚してくれ!一緒に村を出よう!!」



 子供らしいというか、後先考えない身勝手なことを言い出したもんだ。

 でも子供は子供なりに真剣だ。


 かつての自分のそんな一途さを、眩しくも思えてしまう。


 システィーナ姉ちゃんは、そんな俺にしばし目を丸くし、



「ア、アハハ、アハハハハハ!

 流石はケビンね。他の男の子達はみんな泣いてるばっかりだったのに!

 アハハハ、アハハ。ああ、可笑しい」


「姉ちゃん・・・・・俺は真剣なのに」



 渾身のプロポーズを笑われて憮然とする俺だが、システィーナ姉ちゃんの目に悲しげな涙が浮かんでいるのに気付いた。



 後から知ったことだが、システィーナ姉ちゃんの家は昔は名家に繋がる血筋だったが、今の代で事業の失敗やなんやで財産を失って生活は困窮して いたらしい。

 そこで、システィーナ姉ちゃんに目を付けた上級貴族の申し出 は渡りに船だったそうだ。



「私はきっと幸せになるわ。そうなるように、精一杯頑張ってみせる。

 でも、 もしもケビンがもーっと頑張って、貴族なんかに負けないくらいに、とっても強くて、とっても賢くて、とっても優しい、そんな素敵な人になれたなら」



 家の都合で顔も知らない男の下に嫁ぐ前夜だというのに、システィーナ姉ちゃんは俺達のことを思い遣るばかりだった。


 そんな姉ちゃんが、初めて寂しさをこめた笑顔を俺に向けたんだ。



「いつか、私を助け(さらい)に来てね」



 黄昏に染まるその微笑みがとてもとても綺麗だったこと。

 それだけは鮮明に覚えている。


 ーーー



「は、ははは!これを見ればわかるだろう!?14歳の素晴らしさが!

 時間は残酷だよ!こんな完璧な芸術品も、もし生きていれば、今頃42歳 のオバさんだ!何の価値もない!


 私はそんな残酷さから、彼女を守ってあげたんだ!

 完璧な女神に永遠の美を捧げる天使になれたんだ!

 きっと私はそのために産まれてきたんだよ!」



 カストール伯は明らかに自分の発言に自分で高揚していた。

 俺には何を言っ ているのか全く頭に入って来ない。



「彼女だけじゃない!

 私は多くの女神を産み出してきたんだ!

 これまでも、そしてこれからも!


 君も男ならばわかるだろう!

 本懐を遂げずして何が人生か!


 ここで私を止めてどうする!

 残酷な時の死神に幼き女神を切り刻ませるのか!

 なあ、どうしてもというならば君にも手伝わせてあげよう!

 だから、私の邪魔をしないでくれ!」



「言いたいことはそれだけか」



 渾身の拳がカストールの顎の骨を軽々と粉砕した。

 しかし次の瞬間には修復されている。


 活人拳。


 拳に込めた治癒魔術が強制的に領主の負傷を回復する。



「イッイダァァっ!」


「みっともない声を上げるなよ。

 アンタも一応元冒険者なんだろ?

 これしきの痛みは慣れっこなんじゃないのかい」


 言いながらも徹底的に俺は領主を痛めつける。


 殴って、蹴って、投げて、 踏んで。


 その度にすぐに負傷は回復する。

 いつまでも、新鮮な痛みを与えるために。



「アダァァァ!やめてくれ

 !私は繊細なんだ!召喚術士だからな!

 いつも、呼び出した魔物に戦ってもらってたんだ!

 だから、こんな痛み、初めてなんだ!」


「情けない事を言ってやがる。

 ああ、俺も召喚術士だ。他の召喚術士にも、 お前みたいのはいっぱいいたよ」


「な、なら気持ちがわかるだろう!?

 勘弁してくれ!」



 泣き言を言う領主の言葉を無視して、俺は胸ぐらを掴み上げる。

 領主の身体を壁に押し付けて、どうしても聞きたかったことを質問した。



「なあ、14歳の娘を攫うのは百歩譲って置いておく。

 いや譲れることじゃないが、追求するのは後にする。


 だけど、どうして村ごと襲ったんだ。

 他の村人を殺す必要がどこにある。

 目当ての娘だけ攫うんじゃいけなかったのか」


「は、はははは。最初はそうしたさ!

 でも、ダメだった!

 何をやっても!甘やかしても痛めつけても!

 二言目には村に帰りたい、だ!

 だから徹底して逃げ場を無くしてやった!


 そしたらどうだ!すっかり従順になった!

 理想の女神の誕生だ!」


「そんなことのために......」



 そんなことのために。

 そんな、人形遊びのために。



「そんなことのために!お前は!お前はぁぁぁっ!」


「ピギャアっ!」



 渾身の力で殴りつけると紙細工のように軽々と領主の身体が吹っ飛ぶ。

 本当に痛みに慣れていないらしく、傷が治っているのにプルプルと震えている。



 そんな領主の前で、俺はおもむろに服を脱いだ。

 自分の視界には入らな が、剥き出しの上半身には大小無数の傷跡がついている。

 それを見た領主が 息を呑むのを感じた。


 小心者め。



「冒険者にも勇者にも、人の痛みを知らねえ奴は大勢いたぜ。

 お前の言うように召喚術士には特に多かった気がするな。

 ましてや貴族様ならなおさらって感じか?

 だから俺は、あえて自分の身体を痛めつけ続けてきた。

 痛みを、悲しみを、 決して忘れないようにするために」



 活人拳での殴り合いもその一環だ。

 まあ、あんなのは俺のやってきた荒業に比べれば準備運動のようなもんだ。


 俺は装備袋から武器を取り出した。

 鉤爪を右手に装着し、カチャカチャと 操作感を確かめる。



「ご主人様」



 後ろでムゥが嗜めるような声をあげるが、無視だ。

 ゆったりと領主に近づいて、その腹わたを切り裂き、かき回した。



「ア、アバババババっ!!!」


「病気の妹エレナは魔物から逃げきれず、生きたまま腹わたを食い散らかされた」



 だから、俺は何度も自分の腹わたを魔物に食いちぎらせた。

 妹を守れなかった痛みを一生忘れないために。



 自分の腹の傷を撫でながらそう言った。

 勿論領主の傷はとっくに治療して ある。



 次に提棒を取り出して領主の顔面と背中を殴り砕いた。



「ひっヒギイイっ!」


「父さんは俺達を逃がすために囮になり、頭蓋骨と背骨を砕かれて死んだ」


 だから俺は何度も自分の顔と背中を魔物に殴り砕かせた。

 父さんの勇気と無念を一生忘れないために。



 繰り返し負傷を回復させた領主に、今度は毒をたっぷり塗ったレイピアを何度も突き刺した。

 声すら上げることもできずに領主は何度も身体を痙攣させた。



「母さんはヒュージ・ポイズンビーに襲われた俺を庇って、神経毒に冒され て苦しみ抜いて死んだよ」



 だから俺は何度も猛毒を自分に投与した。

 母さんの優しさと悲しみを一生忘れないために。



 俺がレベルの割に治癒魔術や解毒魔術を大量に使えるのは、その経験の副産物だ。

 自分の身体を実験台に大量の反復練習を積んでいるからな。

 最小の魔力で最大の回復をもたらすコツを掴んでいるんだ。



 気が触れたように震え続ける領主を見下ろしていると、心の底から苛つきが湧いて出て止まらない。


 こんな、こんなちっぽけな奴のために。

 父さんは。 母さんは。エレナは。 システィーナ姉ちゃんは。



 いつだったかムゥが言ってたな。

 痛覚を持って産まれて来たことを後悔させてやりましょう、だったか。



 どうだ、後悔してるか貴族様?

 どれだけ後悔しても取り返しが付かないことってのはあるよな。

 手遅れって奴だ。



 もういい。殺すか。

 こんな奴、この世にいちゃあいけないんだ。


 そう思って俺はロングソードを取り出す。



「ご主人様」


「お前は黙っていろ!!!」



 お前なんか何がわかる!

 何がわかるっていうんだ!

 俺は!俺は!こいつに!



「ご主人様。いけません。状況が悪過ぎます。

 ご主人様が今日ここに来ていることは皆が目撃しています。

 たとえ物的証拠を残さなくても。たとえ情状 的量の余地があろうとも。

 国家権力は全てを握り潰してご主人様に罪をなす りつけるでしょう」


「うるさい!うるさいんだよっ!」



 それがなんだってんだ!

 こいつは!こいつは!



 俺はロングソードを高々と振り上げる。

 こいつを領主の脳天に叩きつけて やればそれで終わりだ。何もかも。



「あの少女達を守れるのはご主人様だけなのですよ。

 どうか、ご選択を誤らないで下さい」



 黙れ。他人の気も知らないで。

 俺の気持ちは誰にもわからない。



「や、やめて......反省するから!

 心を入れ替えるから!殺さないで!」


「システィーナ姉ちゃんはやめてくれと言わなかったのか」



 俺の言葉に、カストールは心底意味がわからないという表情を浮かべた。

 きっとこいつは姉ちゃんの本当の名前さえ覚えていないのだろう。



「お前に殺された人達が命乞いをした時、お前はどうしたよ。

 ええ、おい。どうしたんだ!思い出してみろ!」



 俺はロングソードを思い切り振り下ろす。



 ガンっ!



 領主の顔面ーーのすぐ横の床が粉々に砕けた。

 領主は恐怖が限界に 達したのか、その場で失禁した。


 俺は剣を投げ捨てる。



「憑依ゴブリン召喚」



 例のSSSSSSS級スキルのおかげで解放された新種のゴブリンを召喚する。

 それはすぐに領主の身体に吸い込まれた。



「へっ......へ?」


「このゴブリンを通じて、お前の行動は全て俺に筒抜けだ。

 24時間、365日、いついかなる時もな。


 もう悪事を働くな、なんて甘い事は言わない。

 お前の全財産、全能力、全人生を使って領民達を幸せにしろ!

 少しでも怠っていると判断したら!」


 俺はパチンと指を鳴らした。


「ニギャアアアっ!」


「こうして激痛を与えることが可能だ。

 勿論殺すこともな。

 俺のSSSSSSS級スキルは国一番の解呪師でも解くことはできない。

 誰かに今日の事を一言でも相談したらその時点で殺す。


 わかるな?いつでも殺せるんだ。

 だから、残りの命全てを使って、今まで虐げて来た人達の、100倍の人間を救ってみせろ!

 お前の残りの人生に許されたことはそれだけだ!」

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