第16話 14歳とか!好きだから!

「侵入者だ!こいつらを領主様に近づけるな!」


「瞬間気絶ゴブリン召喚×8。かかれ」



 霊体のようなゴブリンがSP達の身体に吸い込まれると、みな一瞬でバタ バタと昏倒してその場に崩れ落ちていった。

 俺はSSSSSSS級スキル特有の身も蓋もないゴブリンを放って屋敷内のSP達を無力化する。


 あえて残した1人に尋問を開始した。


「領主はどこだ。

 さっき調べた時は自室で仕事していたようだが、動いてないか」


「だ、誰が貴様らのような賊に話すか!」


「完全自白ゴブリン召喚。やれ」


「領主様は自室にいらっしゃいます!」



 これまた霊体のゴブリンが取り憑くと、精気を失った目でSPが口を割る。

 本当に何でもありだな。今はこの便利さに感謝しよう。



「さあこの部屋だ。しまって行くぞムゥ」


「ご主人様が頼もし過ぎてなんだか調子が狂います」



 バタン!

 ムゥの発言を無視してドアを叩き開ける。


 中にはラディック・カストール伯爵が、流石に室外の騒ぎが届いていたのか、やたらと高級そうな杖で武装して待ち構えていた。



「君は......ケビン君か。

 一体なんの真似だ!?

 こんなテロを起こしてタダで済むと思っているのか!?」


「それはあんた次第だな、カストール伯。

 悪事のツケを払って貰いにきたぜ」



 俺の言葉を聞くより早く、伯爵は召喚魔術を行使する。


 詠唱や魔方陣を見 るだけでわかる。こいつは確かに一流だ。


 多種多様な強力な魔物が大量に生み出されようとしている。

 俺が部屋に来る前から詠唱を溜めていたな。



「MP全強奪ゴブリン召喚」



 SSSSSSS 級スキルでまた身も蓋もないゴブリンを召喚してけしかける。

 効果は説明しなくていいよね?


 全ての魔方陣が粉々に砕け散る。



「そんなバカな!?」


 言葉を無視して俺は領主にツカツカと接近する。



 パァン!



 手加減なしの平手打ちで領主の顔を張り倒した。



「観念しやがれ。

 自分が何をしてきたか、わかってないとは言わせないぜ」


「な、何を言っている?

 私が何をしたというのだ!?」



「あれを見てもまだ言えるかい?」



 ドアの辺りを親指で指すと、別働隊のゴブリン達が囚われの少女達を連れて来た。


 全部で……5人か。

 壁に括り付けていた足枷の鎖は断ち切っているが、痛々しい手錠や足枷はまだ残っている。


 やはりところどころに暴力の痕がある。

 ......気の毒に。その目には何の感情も込められてはいない。


 すぐに助けてやるからな。



「お前達!部屋から出るなとあれ程言っただろうが!」


「黙りやがれ。この外道が。

 お前の命運もここまでだ。この少女達を解放してもらうぞ」



「お待ち下さいご主人様。

 昨今は悪役側にもドラマティックな事情があるというのが鉄板のトレンドです。

 ミステリにおいてすら最重要項目はトリックではなく犯行動機。


 さあさあさあさあ伯爵閣下。

 どうしてこのような犯行を行ったのか事情を説明して下さい。

 ここは多少字数を使って頂いて構いません。


 幼少期の悲惨な体験に始まり青年期に抱いた理想と挫折。

 さらなる巨悪と大いなる陰謀の存在をも仄めかせつつ。

 重厚な人間ドラマと壮大な世界観を感じさせる語り口で、物語に深みを与えて下さい!」


 ムゥの妙なテンションの煽りに対して伯爵は。



「14歳とか!好きだから!」


 簡潔にして明瞭な犯行動機を語った。

 感嘆符まで入れて12文字かー。



「そうだ、私は14歳が大好きだ!13歳でも15歳でもダメなんだ!

 14 歳こそが至高にして究極!


 大人でもなく子供でもない。急速に成長する肉体とそれに追いつけていない無垢な心。

 そのバランスがたまらんのよ。

 言っておくがどんな14歳でもいいわけではないぞ。


 まず最重要なのはその純真さ!

 己の商品価値を自覚した14歳など論外だ!

 敏感過ぎる感受性と溢れ出る好奇心!

 一切の打算なき言動とその結果傷付く姿!

 それを見ていると、ああ生きているという気持ちになるんだ!


 おっぱいは大きくてはならない。造形美にも拘りたいからな。

 だが急に膨 らんだ自分の胸に戸惑う姿というのも、ふふふ、ははは、へへへ。

 おっと失礼。


 言うまでもないことだが処女でなければならない。

 ああ、これは本当に言 うまでもないことだったな。

 これは失敬、どうしてこんな自明のことをわざわざ口にしてしまったのか」


「この男はここで殺した方が世の為なのではないでしょうか」


「初めてお前に同意しそうなのが癪だけど、そうもいかないだろうよ。

 この 少女達の身の安全を確保するためにもまだこいつには働いて貰わないと」



 やっぱりクズじゃないか(呆れ)。

 これは教育やろなあ。

 たしか拷問ゴブリ ン(極上)ってのがいたから後でそいつを活用しよう。



「まあそれはさておき、まずはこの少女達を解放してもらおうか。

 手錠や足枷の鍵はどこにある。この子達はどこから連れて来た。

 街中なのか他所の村から連れて来たのか知らんけど、まずはそこまでの旅費と治療の費用、この先の人生を立て直すための慰謝料を用意して、それから.......」


「......ないよ」



 聞き慣れない声に思わず振り返る。

 言ったのは少女の1人だ。


 ない?ないって何が?


「ないよ。帰る所なんてない。

 私達の村は、みんなみんなこいつに焼き払われたんだから!」



 そう言うと少女はその場崩れ落ちて嗚咽をあげ始めた。

 よく見るとその子は中では一番傷痕が少ない。


 ここに連れて来られて一番日が浅いのだろうか。

 残りの4人は涙も枯れ果てているのか、無感動に床を見つめている。


「領主...!貴様まさか......!」



 腹の底から激しい怒りが燃え盛って来た。

 こいつ、まさか!この子達を連れ去る為に、村を!



「し、仕方がないではないか。

 公に人身売買を禁止されたのだから、こうで もしなければ欲しい物が手に入らないのだ!

 昔の貴族はみな欲しいと思った ものは何でも手に入れてきたのだ!何故私が我慢しなければならない!?

 折角貴族に産まれてきたというのに !あの成り上がり者の王めが人身売買を禁じたのが諸悪の根源だ!

 国家300 年の伝統がたかだか30年前の規制に縛られてなるものか!私も被害者なのだ!」



 ドンっ!カストールの胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。



「ゲホッ!ケビンめ、どこまでも邪魔をしてくれる。

 アルデオ村でも余計なことをしてくれたな。

 いい14歳がいるというから確保に回ったというのに」


「......サラか!サラが目当てだったのか!」」



 村人達の打ちひしがれた姿を思い出す。

 家族を守る為に命を捨てる覚悟を見せたことを思い出す。

 あの人達は子供達をこの街に託そうとしたんだぞ? お前の治めるこの街に。



 それが、こんな男の、こんな事のために!



 ギリギリギリギリ。

 知らず胸ぐらの手に力が入るのに気付く。

 ......落ち着け。殺す訳にはいかないんだ。



「ゲホっゲホっ!誤解だ。お前はわかっていない!

 私がどれだけ崇高な使命に基づいてこんなことをしているか!

 下劣な欲望に基づいて行動していると思ってもらっては困る!」


「使命だと......?」


 こんな男の言葉にまともに取り合っていては世話ないが、まだ何か余罪を隠しているかもわからない。

 吐けることは吐いてもらおう。



「そ、そうだ、使命だ!

 私の使命はこの少女達の美しさを後世に伝えること!

 そんな私の活動成果を見て貰えば、きっとお前にも理解できるはずだ!」



 ......今俺はどんな顔をしているだろうか。

 眉間のあたりの筋肉が凝り固まって痛みを感じる。

 領主はそんな俺の態度がわかっているのかいないのか。

 妙に楽しげな態度で歩き始める。



「招待しよう!私の自慢の芸術品達の下へ!

 ふふふ、本邦初公開だ!

 そうだ、一人で愛でるのもよいが、真の芸術は人の目に触れてこそだな!

 今日は彼女達の記念日だ!」



 ウキウキとした足取りで部屋を出て行く。

 逃げ出すつもりというわけでもなく、本気で俺達をどこかに招待するつもりのようだ。


 しばらく廊下を歩き、階段を昇ったり降りたりし、複雑な経路を進んで行く。

 広い屋敷だと思ったが、妙な構造をしているものだ。

 それも芸術品とや らを匿うための構造なのか。



「ところで伯爵閣下。質問があるのですが」


「なんだね美しいお嬢さん。

 ふふふ、君も3年程前にはさぞかし素晴らしい14歳だっただろうに。

 惜しいことだ」


 ムゥがこれ程不快な表情を見せるのも珍しい。


「いえ、14歳がお好きと言っていましたが、時間が経ったらどうなさるの ですか?

 当然ながら、14歳の少女もいつか15歳になり、16歳になります。

 そうなった場合はやはり愛着が無くなるのでしょうか」


「愛着が無くなる?

 ふふふ、愚かだな。だが当然の疑問だ。

 今から見せるものは、その答えだよ」



 ちょうどそう言った時、領主はドアの前で立ち止まった。

 ここが目的地か。



 ......何故だか嫌な予感がする。

 なんの変哲もないドアなのだが、何故かそれを開けてしまったら俺の何かが終わってしまう予感があった。



「伯爵......」


「さあ!ショータイムだ!

 私の芸術の理解者の生誕祭だ!」



 制止する間も無く領主がドアを勢いよく開ける。

 中は暗いが、とても広い。

 空気の香りから、意外と清掃は行き届いている感じがした。

 芸術品とやらの手入れのためだろうか。


 部屋に一歩入り、異様な気配に包まれた。

 ......人?だが人らしい体温や息 遣いは感じない。

 だが、視線のような何かを確かに感じる。



「ヒッ!」



 後ろでムゥが小さく悲鳴をあげる。

 そちらを見て俺の心臓も跳ね上がる。



 少女一やけに上等なドレスに身を包んだ美しい少女が、姿勢を固定させて ムゥの側に立ち尽くしていた。これは一


「——剥製?」


「ご名答」


 得意満面という様で領主が答える。


 改めて見回すと、部屋中に大量の少女達が立ってー一剥製が展示されていることに気付く。


 10体?20体?

 それ以上?



「そちらのお嬢さんの言う通り、美しい少女もいつか15歳になってしまう。

 成り果ててしまう。

 だから、そうなる前に一瞬の美をこの世に保存する。

 それが私の使命だよ」


「なんて非道な!」



 ムゥが怒りを露わにする。


 本来なら、俺も一緒に怒るべきなんだろう。

 しかし、俺はその余裕を無くしていた。


 視界の一点から目が離せない。

 部屋の中でも一段高く、照明が集中する、一等席。


 その部分に固定されたように目が離せない。

 しかし、見えない。まるでモザイクがかかったように、その部分だけが見えない。



「お目が高い。あれこそ私の処女作にして最高傑作だ」



 脳が(・・)、理解を(・・・)、拒絶している(・・・・・・)。



 あれを、認識してしまったら、俺の何かが終わってしまうと。



「あれは私の若かりしころ、家訓に則り冒険者として諸国を旅していたころだ。

 30年近く前になるのか。

 ある村で、とても美しい少女を見かけた。

 人生を変えるほどの美しさだった」



 しかしいつまでも頭は自分を誤魔化してはくれない。

 徐々に視界が鮮明になってくる。


 いけない。あれを見てはならない。

 そう思っているのに視線を動かすこともできない。



「私は彼女に"イブ”と名付けた。創世記の神話の登場人物からの引用だ。

 私の人生はそこから始まった。そのことへの感謝を忘れないために」



 生まれ故郷の幼なじみ。少し年上の憧れのお姉さん。俺の初恋の人。



 ーーシスティーナ姉ちゃんがあの時のままの微笑みをたたえてそこに佇んでいた。

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