第15話 包囲殲滅陣の完成であった


領主の館には、何人もの幼い少女達が監禁されていた。



年の頃でいえば、 サラと同じくらいだろうか。


みな妙なフリフリのドレスで着飾らされていたが、手枷と足枷で行動が制限されており、顔や身体には酷い暴力の痕が残っていた。



事情はわからないが、尋常なことではない。


少女達の精気を失った表情を見るに、まさか合意の上での趣味でこうしているとは思えない。



借金のカタなどで少女達も納得の上でこうしている可能性もなくはないが、奴隷制のないこの国では人身売買は禁止されている。




なんにせよ、許されざることが起きていることだけは明白だ。


たとえ事情があろうとも看過できない。



こんなスキャンダル、上級貴族といえど致命的だろう。


上手く立ち回って少女達の解放とその後の身の安全の保証を勝ち取ってみせる。



俺にはそれが可能なはずだ。




「あらこんにちは。


こんな所で会うとは奇遇ですね」



「ああ、こんにちは。


買い出しか何かかな?」




いざ領主の館に攻め込もうという道中で、冒険者ギルドの受付嬢と偶然遭遇した。



ええと、あれと一文字違いの、そうだ、エイミだ。




「ええと、善行で有名な中年冒険者の......ケインさんでよかったでしょうか」



「ケビンだ」




そこは絶対に間違えてはいけない(戒め)。


それ一番言われてるから。




「失礼、噛みました」



「違う、わざとだ」



「噛みまみた!」



「あれ程のメジャータイトルを臆面もなくパクる度胸だけは褒めてやろう」




まさか訴えられないよね?


かの大先生がこんな虫ケラを相手にする訳がございませんものね!



この子はこの子で割とおかしいんだよなぁ。




「ところでケビンさん、これはどうしたことでしょうか。


一体どこへ何をし に向かっているんですか?」




ん、当然の疑問だな。


好都合だ。この時点での証人を増やしておこう。




「これから領主様の館に行くんだ。


実はカストール伯爵に、俺の召喚魔術を披露するよう頼まれていてさ」



そう言って俺は振り返り、顎で連れの方を指した。



連れというのは、俺とムゥの後ろにいる、大小様々な100体を越すゴブリン達だ。


街中でこんなのを引き連れて歩いているから、さぞかし目立っていることだろう。




「見ての通り俺はゴブリン召喚のエキスパートだからね。


伯爵が興味を持って下さったんだ。


といって、現地で召喚して緊張のあまり失敗したくないから、先に召喚して連れていくんだ」



「そ、それはそれは」



ゴブリンの大群を見てその圧力に痺れているのだろう。



もちろん俺の説明は出まかせだ。


大切なのは、俺が伯爵の家に出向いた事の証人を沢山確保す ること。


それが俺自身の保身に繋がる。




どういうことかというと、まず俺はこの件を大事にする気は無い。



国の司法機関に訴えたり、領主を公に弾劾する気は無いのだ。


なぜなら、一市民 の俺が事件の証拠を持って然るべき機関に訴えた所で黙殺される可能性が高 いからだ。




無論容疑が確定すれば領主は何らかの懲戒を受けるだろう。


程度によっては処刑されることもあり得る。



しかし、それは全て秘密裏に行われる。


公にしたところで国家の威信に泥を塗るだけで、百害あって一利なしだからだ。




そして余計な事を知っている奴は口を封じられる。


俺や、ムゥや、被害者の少女達だ。



俺だけならば国家に狙われても生き延びられるかもしれないが、 魔族でもない人間相手に血みどろの抗争を広げるのは本位ではない。


なによりムゥや少女達を危険に晒すわけにはいかない。



だから、領主には硬軟織り交ぜて直談判し、少女達を解放させて元の生活に戻る為の基盤を整えさせ、かつ各種物的証拠を抑えて首輪をかけ、その後の犯行を抑制する。




今回はSSSSSSS級スキルのおかげで超スピードな対応となったが、 これまでも俺は何度もこんな活動をしてきた。


超々ハイリスクな割にゼロリターンなこの活動を、かつての仲間達は理解できずに去っていった。



こればっかりは性分だから仕方がない。



だから、今日俺が領主の館に向かった事を知っている人間が多い方がいい。


もしもこれで俺が消されれば不審に思う人間が出る。



その噂が広まれば司法機関も事実関係を捜査せざるを得ない。


そうなって困るのは領主の方だ。




だから、領主としては俺の要求を飲んで穏便に事件を解決させるのが最善の選択となる。


無論、交渉の場では予想外の出来事も起こり得るが、出来るだけ有利な状態で臨みたい。




ムゥなどは「それでは領主をブチ殺せないではありませんか」と物騒な事を言っていたが、なにも殺し合いをするのが目的ではない。


あくまで少女達の救出が第一目的だと話すと存外あっさりと納得してくれた。




「さて、領主の館に到着だ。早速攻撃開始だ!」



すぐさま館の周りの守衛達にゴブリンをけしかける。


誰がどこまで共犯かわからないから、怪我をさせないように気絶させる。


有能過ぎるゴブリン達はそんな芸当をこともなげにやってのける。




大型肉食恐竜型ゴブリンは、小型獣型ゴブリンに振り向いて大きく口を開けて吠える。


まるで仕事の邪魔するなと言われているようで、攻撃を止めて戸惑う小型獣型ゴブリン。


小型獣型ゴブリンは大型肉食恐竜型ゴブリンを援護するように、守衛に牙を向けて威嚇したり、吠えて威嚇している。



小型獣型ゴブリンと大型肉食恐竜型ゴブリンが館の警護を制圧し、逃げ道を防いだ。




「包囲殲滅陣の完成であった」




俺はなるべく失礼のない話し方でそう言った。


待ってろよ、領主。


悪い事をしたら罰を受ける。これ小学生レベルの知識だよ?

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