第6話 ほいよ、具沢山・アチアチ・鍋焼きうどん

 結局ムゥはあの後すぐに最初の猫耳姿になった。

 本当に嫌がらせ以上の意味はなかったみたいだ。


 街道を歩き続け、だんだんと日が暮れてきた。

 どう見ても旅に適した服装ではないムゥだが、疲れた顔一つ見せずにスサスサ歩いている。

 まあ超越的なんたらとかいう生き物だし、人間の理屈で考えても仕方ない。



 その割りに、俺の荷物を一つたりとも持とうとしなかったことも気にしてはならないのだろう。



「そろそろ夜営の準備をしようか。

 まだ街までには遠いな。明日中につけるかどうか」


「かしこまりましたご主人様」


 そう言うとムゥはその場に座り込んでどこからか取り出した水を一口飲み。

 軽く柔軟体操などをこなし、どこからか本を取り出して読み始めた。



「ていっ」


「あいたっ?」



 脳天に軽くチョップをいれると、いかにも心外ですという顔でこちらを睨み付けてきやがる。



「何をするのですかご主人様。やめてください死んでしまいます」


「こんなんで死んでたまるか。

 何を寛いどるんだ。夜営の準備をするから手伝え」


「え?」


「え、じゃなくて手伝えよ。

 テント張ったり、火を起こしたり」


「パルドン?」


「絶対聞こえてるだろう。

 お前、基本的には絶対服従とか言ってたじゃないか。

 まあ力仕事は俺がやるからさ、夕食の準備をお願いできるかな」



 女の子の手料理とか憧れるしね!38年間そんなのなかったしね!



「殺されたいのか。

 私は料理というものが壊滅的にできません。そしてその 事を全く恥じておりません。

 どうぞ、ご主人様は私に夕飯を用意するなり、食事を与えるなり、料理の 腕を見せつけるなりご自由にお過ごしください」


「なんかそんな気がしてたよ畜生!っていうかお前ハラ減ってんだろ!」



 まあいい。料理は得意だ。手早くテントを設置して、夕飯の支度にかかる。



 トントントン。

 ジュー。ジュー。

 ビュッ!ビュッ!ビューッ!(迫真)



「ほいよ、具沢山・アチアチ・鍋焼きうどん」


 なにも高い金払うこたあないんだよ。


「シュババババっ!ハムっ!ハフハフハフ!ハムっ!」



 動体視力を超えた速度で接近したムゥが凄まじい勢いで食事をかっこむ。

 猫舌とかそういう設定はないのね。妙な所でディテールが甘い。



「うっま......」



 脂汗を流しつつ、目を細めて口を歪めて顔色を悪くして箸を宙で浮かせながらムゥが絞り出すような声をあげた。



「いやそれどう見ても「まっず......」って顔じゃんか。口に合わねえのかよ」


「申し訳ありません、表情を間違えました」



「表情って間違えるもんかあ?」


「失礼、間違えたのは参考画像でした。こちらはコラの方でしたね」


「ん?ん???」



 こいつが何を言っているのかさっぱりわからん。



「実際、中々美味しかったですよ。ご馳走様でした。

 よければお茶をお淹れ しますが、お召し上がりになりますか?」


「気に入ってもらえたんならよかった。ああ、頼むよ」



 そう言うとムゥは迷いのない手つきで俺の鞄を開け、俺の買った茶葉を出し、俺の汲んだ水を沸かして俺の茶器を使って紅茶を淹れた。

 いや、いいんだけどね。



「おまたせ、ホットティーしかないけどいいかな?」


「用意が悪くて悪かったな。ちょいちょいタメ口挟むね君」



 野営の準備は済んでいてあとは寝るだけだ。

 ほっこりティータイムを楽しむのも悪くはない。



「ああー、食後のお茶は最高だニャン」


「時折取ってつけたように猫キャラを挟むのはなんなんだよ。

 お前は猫の精霊とかそういう系統のあれなの?

 今アチアチの紅茶を平気な顔で飲んでるけどさ」


「いえ別に?

 超越的美少女たる私にとってこの姿も適当に設定したものですし。

 この取ってつけたような耳も尻尾も、実際に取ったり付けたりできますよ?」



 ブチブチっ!

 言うが早いかムゥは両手で頭の上の猫耳を千切りとった。


 やめろよ、怖すぎるだろ。

 無表情でこっちを見てくるな。

 圧がすごい。めちゃくちゃ血ぃでてんじゃん。



 そしてムゥはおもむろに千切った猫耳をクッチャクッチャと食い始めた。

 明らかに意図的に咀嚼音を撒き散らしている。

 鮮血に染まるその顔はあまりにも猟奇的だった。



 ムゥがわざとらしくこちらに向かってニタァと笑いかけると、ニョキニョ キと新たな猫耳が頭から生えてくる。

 うん、怖すぎ。どんな仕組みだ。

 付けててよかった"暴力描写あり"。尻尾は試して見せなくていいからな。



「ちなみに私の血液を戸棚や物置に塗り付けると害虫や害獣の予防になります。

 猫いらずいらずというところでしょうか。猫だけに」


「なんにもかかってないしシュール過ぎてついてけねえよ」



 癖が凄い!

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