第2話
そんな中で、ミヤは何だか嬉しそうだった。僕があの魚は何かと言えば喜々として答え、「あれは背中の棘に毒がある」だの「それはとても珍しい種類だ」だの、ちょっとした小話を付け足してくれる。僕はそれがとても好きだったし、何より中学の頃より沢山話してくれる事が嬉しくて、正直満更でもなかった。前から海の生き物が好きだとは言っていたが、ここまでとは。そんな熱意があることを知ってか知らでか、ミヤは妙に彼らに懐かれている。ある日は髪の毛にオレンジ色のクマノミが身体を潜めていたし、またある日に至っては背中に5匹も黄色のヒトデが張り付いていた。この時分かったのだが、どうやらミヤは他のどの人とも違って生き物にさわれるらしい。その事を本人に聞いてみたりもしたけれど、「秘密にしてくれ」なんて人差し指を立てられた。これには敵わないのだ。
そんなミヤも「生き物うんちく話」を聞きたがる僕の事を良く思ってくれているようで、僕らは放課後の殆どの時間を一緒に過ごす。特に打ち合わせるでもなく、 海の見える丘に登っては日が落ちるまで貝を見つけたりして遊んでいるのだ。今日は、遠くの水平線に小さくクジラが浮かんでいるのを観察している最中だった。すでに傾きはじめた日に照らされ、淡いオレンジ色になりながらミヤは言う。
「俺、あのクジラに会いたいんだよ。」続けて僕も口を開く。
「なんで?」
「話してみたい。海の中がどんなで、どうやって生きてきたのか。どんな生き物がいて、何を食べたのかとか。」
「…クジラと話せる?」
そう尋ねると、ミヤは黙って少しだけ俯いた。淡いオレンジは一転、青い絵の具を混ぜたような色になる。そして、
「多分、話せる。」
僕に向かってそう返事をしてきたが、ミヤが自分自信に言い聞かせている風にしか聞こえなかった。
その数日後、教室で見かけたミヤは魚と話していた。本人曰く「話しかけていた」らしいのだが、まともに返事が返ってこないとやるせなく笑っていた。話しかけていたのはフエヤッコダイという黄色の魚で、おちょぼ口で変な顔をしている。「こんな口だから話せないんじゃないの?」と言うと、このジョークが気に入ったらしくたまに真似をして言うようになった。半分真面目で言ったのに。
クジラの話をして以来、ミヤは暇さえあれば魚達に話しかけるようになった。それこそ最初はミヤがギクシャクしながら話しかけて、「あーそうなんですね」とか「うんうん」とか勝手なタイミングで相槌を打っているだけに見えたのだけど、気がついた頃には相手が魚とは思えないほど親しげに話している。会話をしている。心の何処かで「あれは一人芝居だ」と思っていた僕は、「ミヤが本当に会話している」ところを見て初めて恐ろしくなってしまった。たまに僕と話す時よりも話が盛り上がっている様子で、見ていられなくてミヤを置いてさっさと先に帰る日も増えた。魚相手に嫉妬をするのもおかしな話だと、自分で思う。
そうしてミヤとなんとなくすれ違いが続いて、今日3日ぶりに見たあいつはシャチと登校していた。僕のいた場所は、6メートルあるクジラ目に奪われている。少し離れたところからでも分かるその異様なコンビを見て、急いで道を変えた。が、角を曲がる寸前で振り返ったミヤと目が合ったような気がしてならない。
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