快晴、たまにイワシ
黒瀬
第1話
町の一番高い所にある丘で、隣に居るミヤが笑う。ミヤは、「空も海も青いもんな」なんてどこか親しげな調子で言った。親しげに話しかけた先の相手は僕じゃない気がして、それを黙って聞き流しては、遥か遠く水平線の上に浮くクジラを眺めた。
自分たちの少し上を、一つの群れが一直線に過ぎて行った。あれはアジだっけ。日の光をチカチカと反射させるたくさんの白い腹と銀色になびく尾は、流れ星のように見えた。草の揺れる地面には、大きな魚が青黒い影を落としていく。その影を縫うように、木の葉のような形をした赤い魚が2、3匹通った。そのどれもがみんな「元からここに住んでいたよ」みたいな態度をしていて、丘の向こう一面に広がる海原のことなんか少しも懐かしんでいない様子だ。なんでそんなやつらにミヤは親しげに話しかけるんだろうと、いつも思う。
僕とミヤとは中学校で一緒になった仲で、お互いの家が近所だという事もあり大抵毎日共に登校している。今高校生の僕らは、中学生の時から(背丈と声以外は)何ら変わりなしである。唯一変わったのは、僕ら以外の方だ。天変地異とか隕石衝突とかそんな物騒なことじゃない。ただ、「空を魚が泳ぐようになりました」といえばそれでお終い。エイプリルフールの悪戯みたいな事するなよと今でも思っている。これは神様に向けて言っているのだけど、そんなこと御構い無しに、今日も壮大な範囲でエイプリルフールは続いている。四月バカにしては長過ぎるのだ。それでも僕らは人間なので、こんな酔狂な日々もだんだんと日常にしてしまう。
ある日の事、何の前触れもなくそれは起こった。「空を魚が泳ぐようになった」事件である。魚だけでなくイカやらエイやらが海から飛んできたし、さらに砂浜からはカニやエビ、ヒトデなんかさえもが続々と上がってきてはアスファルトの上を這っていた。だから、厳密にいうと「海の生き物が陸を自分の物にした」事件なのだ。世界中で起こったその現象に、しばらく人間界は大パニックとなる。あらゆる学者が論を唱え、あらゆるメディアがそれを引っ張り抜いては尾ひれを付けて報道していった。しかし、人間がどう頑張ってもはっきりした事は分からず、真相は今もうやむやになっている。実の所を言うと、世界各地の多様な魚達は綺麗だし人懐こいイルカは可愛いので、いつのまにか危なっかしい実験や疑惑の報道などは必要が無くなったのだ。
僕らの住む町は海沿いにあるので、テレビで見る都会や大きな街なんかより断然魚が多いらしい。最初はサメや毒魚がうようよしているのを見てみんな心配したが、こんな神様でもなぜか配慮はしっかりしている。海から出てきた生き物たちに人間が触れようとすると、空気のようにすり抜けてしまう。まるで幽霊みたいに。今日もガードレールには目が痛くなるほど派手な色合いのウミウシが張り付いているし、イワシの群れが渦を巻いて公園を乗っ取ってはまた鱗をぎらぎらさせながら通り過ぎていく。それでも彼らにはさわれない。すり抜けるほど謙虚なくせに、見た目はやけに騒がしいのがちょっと腹立つ。
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