世界へ

 アルトは新聞に大きく報じられていた。全国大会史上においても最優秀賞であるという記事であった。世界的指揮者を迎え、ピアノ協奏曲コンサートが三月に行われることになった。そしてそこで実力が認められればアルトはウィーンにて演奏することができる。

 学校内は騒然となった。テレビの取材も学校にやってきた。

 アルトはそれでもあまり変わった様子はみせなかった。アルトはいつものように放課後に残ってはピアノ練習をした。少し変わったのはその練習風景にギャラリーが加わったことだ。村瀬も熱心にアルトの練習風景を見ていた。


 コンサートを前日に控えた夜、アルトは原おばあちゃんに言った。

「もし僕が認められたら留学する」

 原おばあちゃんは瑠璃子が同じことを言っていたことを思い出した。あのときは家にお金がないからと諦めさせた。今は若干の貯金もある。娘の叶えられなかった夢と同じ夢を孫も抱いている。

「ひとりでもやっていけるの。あなたはまだ子供なのよ」原おばあちゃんは孫の頭をなでる。

「うん。がんばる」アルトは力強く答えた。

 アルトの目はとても澄んでいるように原おばあちゃんには見えた。

 原おじいちゃんも横で頷く。

「たくましくなったな」原おじいちゃんは笑った。

 家のインターホンがそのとき鳴った。原おばあちゃんが出るとそこに啓太がいた。

「ちょっと散歩しないか」啓太がアルトに声をかけた。

 アルトは急いで靴を履いた。

「おばあちゃん、ちょっと出かけてくる」


 歩きながらしばらくふたりは黙ったままだった。なにから言ったらいいのか、誘っておきながら啓太はなにも言えなかった。

「僕、明日の演奏でもし成功したら外国に行く。もしかして、当分日本にもいないかもしれない」アルトが石を蹴りながら言った。石は転がって草むらの中に入ってしまい、どこかにいってしまった。

 啓太は頭を掻いて、その手を下ろした。

「すげえな。やっぱりアルトはすげえな。オレ、なんか無理矢理ピアノさせたみたいだったけど、ここまですげえことになるなんて思わなかった」

「啓太君のおかげだよ」アルトは俯きながら言った。

「そんなことないよ。オレ、なにも」啓太はその先が言えずに黙ってしまった。

 啓太は一年を振り返っていろいろと思い出した。

 川の向こうに開発地区が見える。高級マンションにいくつもの灯りがついている。

「アルトは一年ぐらいしかここにいなかったけど、ここにいたことを忘れないでほしいんだ。そんで、もし明日も成功して世界に出て行ってまた成功して、もしまた日本に戻ってきたら、またピアノをオレに聴かせてくれ」

 啓太は目をそむけずにアルトを見る。アルトも啓太を見つめ返す。

「また、きらきら星を聴かせてよ」

「うん。約束する」

 ふたりは強く握手をした。

 啓太はブイサインをした。アルトも慌ててブイサインをした。ふたりは声を出して笑った。夜の団地でその声はとても響いた。

「アルトならいろんなこと関係なしに、きっと成功する」

 高級マンションの明かりは星のように見える。そしてさらに上には本当の星がひかっていた。

 啓太はその本当の星を見上げた。団地よりもマンションよりも、なによりも高くにあるその星を。


 きらきらひかる お空の星よ

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きらきら星ひかる @tatsu55555

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