鬼2

「いやあ、ほんとすごいとこ見ちゃったわね」

 レトルトカレーを頬張りながら、晴香さんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

「…生徒が振られたの見て喜ぶのって先生としてどうなんですか……」

 俺は呆れ気味にため息をついて、真空パックご飯に直接レトルトカレーをかけた。

 ショートカットの赤茶色の髪とタレ目が印象的な20代半ばにみえる彼女、阿部晴香は俺の保護者がわりだ。ここの神主だった祖父が亡くなって以降、訳あって彼女が親代わりとなりこうして木佐神社で二人で生活している。

 ちなみに晴香さんの職業は俺の通うコナン高校の高校教諭で、専門は化学。その人間離れした美しさと、なぜかいつもまとっている中二病も真っ青の黒衣(真っ黒い白衣)から、魔女というあだ名が一部がつけられていた。ちなみにオカルト研究部の顧問であり、俺がオカルト研究部に入った理由である。

「てか、ここって縁結びのご利益もあるんですよね?御利益のなさ、証明しちゃったじゃないですか」

 そうなのだ。ここ木佐神社は、縁結びの神社としてこの無坂町の中では有名で、さっきの男は告白するには完璧な場所を選んだのである。しかし、結果がアレでは……。

「神様ほどあてにならないものはないわよ」

 晴香さんは少しつまらなそうに言った。

「例えば、絶対神ゼウスや天照大神、これらは人が作り出した偶像であり、実際に存在したという史実はない。じゃあ、実在したキリストなんかはどうかと言えば、確かに人ならざる力を使ったのかもしれないけれど、それは人の理解を超えていたというだけで、彼は神だったかと聞かれれば答えられない。それに最近では、マインドコントロールによって自らを神だと語る輩もいる」

「じゃあ、神様はいないってことですか?」

 俺の問いに、晴香さんはハズレと先割れスプーンの先をこちらに向ける。

「どこにでもいるのよ、神様は。人の力は非力だから、何か特別な力にすがりたくなる。それがきっと神様なのよ。だからなんだっていいの、心を支えてくれるものであれば。それがエセ主教だろうと、タネのわからないマジシャンだろうと、はたまた悪魔や鬼だとしても、ね」

 彼女の含みを持った言葉に俺は黙り込む。少し暗い雰囲気になってしまった場を一掃するように、晴香さんはそんなことよりと微笑んだ。

「ひろ君はいつになったら彼女を連れてくるのかしら?」

「は……?」

 俺は思わず眉間にしわを寄せる。

「ひろ君、顔は中々いいと思うのよね、ジュノンボーイとかにいそうだし。性格も悪くないから、簡単に彼女できそうなものだけど……」

 うーんと晴香さんは腕を組む。俺は余計なお世話だとばかりに残りのカレーをかき込んだ。

「でも、オタクなのよね。ライダーオタクで、ガノタじゃ確かに女子高生には受け入れれないのかもねえ」

 痛いところをついてくる。ちなみに学校では、ライダーオタクでガノタなのは知られていない…はず。

「あと、奥手だし。別に彼女作るより、ツレとつるんでた方が楽しいしとか彼女できたこともないのにいっちゃいそうな童貞だし」

 ごちそうさまでしたと軽く手を合わせて席を立つと、晴香さんはムッとする俺を尻目にニヤリと口元を緩めた。

「知ってる?ゼロハチのアイナちゃんは付き合えないわよ?」

 そういってダイニングから出ていく。俺は、その背中にうるさいと罵声を浴びせつつ、いつの間にか晴香さんがいることが当たり前になった日常に何とも言えない安心感を覚えた。



「何で……?」

 井上隆史とハイタッチをする八上美津を再び思い出して心臓を掴まれたような気分になり、前髪を抜いた。

 机の上には自ら抜いた髪の毛が散乱している。帰ってきてからというもの、ハイタッチする姿と木佐神社に消えていく2人の姿を交互に思い浮かべては、髪を抜くという自傷行為が収まらなかった。

「何で、何でだよ、八上さん……?」

 悲しいし、悔しい。なぜ自分ではないのか。なぜ自分を選んでくれないのか。悔しい。

「寝てるのー?ごはんよー?」

 下の階から母親の声がする。その声が妙に癇に障り発狂した。

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」

 夢中になって前髪を抜く。心配して母親が階段を駆け上がってくる音がした。

「何でだよ……」

 根暗で、鼻は低く、一重で、頬骨が浮き出る、お世辞にも格好いいとは言えないそんな自分の顔を見て、涙が出てきた。

「何でもっとかっこよく生まれなかったんだよ……」

 そうすれば八上さんはきっと……。井上さえいなければ。あいつが……

《憎い?》

 視界は赤くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る