エピローグ オールモスト・ブルー

オールモスト・ブルー

 王龍凜とチャイニーズ・マフィアの抗争が終結し、九龍城砦は平和になった。

 チャイニーズ・マフィアからイタリアン・マフィアと殺人株式会社への殺害依頼は取り消されて、敵はいなくなった。そして、九龍城砦の治安を守るため、住民で構成された『クーロン・ドラゴンズ』という組織が結成された。

『クーロン・ドラゴンズ』は、政府のシステムを踏襲した組織だ。九龍城砦は一つの国となり、香港のみならず中国からもたくさんの移民が雪崩込んできた。

 龍凜と紅姫は結婚式を二度挙げた。九龍城砦ではささやかなものに、吉原では賑やかなものになった。無論、龍凜が女であることは秘密にした。そして、フランは養子として二人の子供となった。

 三人は歌舞伎町のバーで乾杯した。

 龍凜はキャロル、紅姫はスカーレット・レディー、フランはオレンジジュース。蓄音機にかけられたレコードは、チェット・ベイカーの『オールモスト・ブルー』。灰のような雪が降る静かな夜だった。

 龍凜は窓の外をちらつく雪を眺めながら微笑んだ。


「明日は雪が積もりそうだね」


「むぅ、下駄だと足が冷える。雪なんて嫌いだ」


「フランも雪が嫌いみたいだね。雪が降り出すと、私のトレンチコートに入り込んできた。初めての雪でびっくりしたんだろうね」


「そうだな。はぁ、フランと話せたらいいのにな」


 龍凜は白髪をそっと撫でた。心なしか、無表情なフランが笑ったような気がした。

 紅姫の黒髪には紫陽花のかんざしが挿されている。

 この紫陽花のかんざしは、私よりもルージュが挿した方が似合っている。やはりかんざしは着物に似つかわしい。


「ルージュ、新婚旅行は香港島のヴィクトリア・ハーバーにしないか?」


「ドラゴンの母が住んでいた街か」


「うん。いつか行ってみたかったんだ。ブルーとも一緒に行こうと言っていたが、チャイニーズ・マフィアが彷徨いていたから結局は叶わなかった。九龍城砦の屋上から臨む夜景は素晴らしいよ。煌びやかな装飾が施された高層ビルは星のようでね。百万ドルの夜景と謳われている。それをヴィクトリア・ピークから見下ろしてみたいな」


「百万ドルの夜景か。さぞ美しいのだろうな。わっちもヴィクトリア・ハーバーに行ってみたくなった」


「では、決まりだね」


 龍凜と紅姫はカクテルのお代わりを注文した。フランはオレンジジュースをちびちび飲んでいた。

『オールモスト・ブルー』のトランペットとピアノの演奏が終わり、ようやくチェット・ベイカーの歌声が始まる。

 藍姫が死に、紅姫と出会い、龍凜にとって『オールモスト・ブルー』は特別な曲になっていた。悲しみと真実の愛を理解し、歌詞の中の男に共感していた。

 龍凜はトレンチコートの懐に手を入れたが、禁煙していたことを思い出してふっと笑った。

 黒髪と紫陽花が揺れる。


「ルージュ、私は幸せだよ」


「ふふふっ、いきなりどうしたのだ?」


「いや、やっと居場所ができたのだな、と思ってさ。生きていてよかった。幸せになることができたのだから」


「わっちも幸せだ、ドラゴン」


「うん。ブルーの分まで君を幸せにするよ」


 龍凜と紅姫は手を繋いだ。

 ほとんど私、ほとんど君、ほとんどブルー。私たちは一人のようで本当はそうでない。私たちの中には愛する者がいる。

 窓の外では雪が世界を白く染め上げていた。それは龍凜の心にも降り積もり、ゆっくりとどす黒い赤色を薄めていった。

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システマティック・シャングリラ 姐三 @ane_san

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