人間ならざる者たちの戦争2

 ナチス・ドイツ、ベルリン。

 銃を構えたゲシュタポに取り囲まれて、クイーンは両手を挙げた。


「ボディーチェックは必要ないわ。殺人株式会社よ。クイーンが新しいおもちゃをほしがっている、とボスに伝えなさい。それから、銃を下ろしなさい」


 すると、ゲシュタポは素直に銃を下ろした。

 がっかりした若いゲシュタポが、クイーンの開けた胸元を視線で舐め回している。

 クイーンは胸を寄せてけたけたと笑った。


「そんなにボディーチェックしたかったのかしら? いやらしい目付き。胸の谷間でも調べるつもりだった? それとも、ドレスの中?」


 部下とゲシュタポからどっと笑いが上がった。

 それにしても、相変わらずベルリンは陰気くさいわね。どこもかしこも有刺鉄線と壁だらけ。まるで収容所ね。

 クイーンがベルリンを収容所となぞらえたのはほとんど正しかった。何故なら、時代恐慌以降、ベルリンは第二のアウシュヴィッツと呼ばれているからだ。

 時代恐慌により、ナチスが時代として復活した。時代の発生はドイツ全体で、ドイツは再びナチスの支配下に置かれた。国自体が時代として再生されるのは珍しい例だ。

 だが、ナチスのシステムはかつてとは大きく異なっていた。

 ベルリンの壁が再建されたが、かつてのものとは用途が異なる。ベルリン全体を囲繞する壁はある人間たちを収容するためのものであり、西ドイツと東ドイツには隔てられていない。ドイツ全体を囲繞するナチス・ドイツの壁も建設され、こちらは西ドイツと東ドイツに隔てられている。

 これはドイツを統治しやすくするための工夫であり、壁に設けられた検問所は人間を選別する機能を担っている。この選別に引っかかった人間はベルリンへと送られる。

 ナチスは、自民族中心主義(エスノセントリズム)と完全無欠至上主義の権化だ。これには、アドルフ・ヒトラーに代わる独裁者の支配権が強く影響していた。

 ポルシェで登場したのがナチス・ドイツの支配者だ。ナチスの制服と制帽を身につけた男がポルシェから降りると、ゲシュタポは一糸乱れぬタイミングで敬礼した。

 左腕には、ハーケンクロイツの代わりに髑髏を鎖で磔にした十字架の腕章をつけている。腰に下げたサーベルにも同様の印がある。

 男が制帽を脱ぐ。白髪混じりの黒髪がこぼれる。


「クイーン・ハート、歓迎しよう。今日も美しいな」


「あら、ありがとう。だけど、私にはダーリンがいるから。口説こうとしても無駄よ」


「ふん、心得ている。王龍凜だったか?」


「そうよ。でも、今はダーリンのことが嫌い」


「喧嘩したのか?」


「まあ、そんなところかしら」


 ナチス・ドイツの支配者――アダム・ヒトラーのエスコートで、クイーンは部下を待機させてポルシェの後部座席に乗り込んだ。


「ずっと尋ねたかった。お前を夢中にさせる王龍凜はどういう人間なのだ?」


「一言で表現するなら、完全に近い人間。眉目秀麗。紳士の鑑。超越した戦闘能力」


 完全という言葉が興味をそそったらしい。アダムは身を乗り出して、無邪気な少年のように紫色の瞳をきらきら輝かせた。


「なるほど、お前が夢中になるわけだ。しかし、お前は完全に近いと言った。何故完全ではないのだ?」


「感情が欠如しているからよ。陰惨な過去が正常な感情の発現を阻害した。私と同じよ。私は死を体験しすぎた。死にかけるたびに正常な感情が抜け落ちていった。私とダーリンの先天的な感情は死んだ。後天的な感情が現在のダーリンを形成している。ねぇ、アダム、先天的な感情とはなんだと思う?」


「先天的な感情、か。本能に似たものではないか?」


「では、私とダーリンには本能がない、と?」


「いや、お前の持論には誤謬がある。本能は先天的か? そもそも先天的な感情が存在するのか?」


「では、人間には後天的な感情しかない、と?」


「あくまで俺の持論だ。人間は白紙だ。人間の感情なんていくらでも上書きできる。クイーン、王龍凜を完全にすることができる。俺の実験をもってすればな」


「私を完全にすることもできる?」


「お前はもう完全だ。ただの人間なら完全ではないかもしれないが、お前はキラーマシーンだ。キラーマシーンにまともな感情は必要ない。それに、俺はお前の狂気が好きだ」


「斬新な告白ね。ダーリンを完全にするにはどうすればいいのかしら?」


「お前が指す完全とはなんだ? ただの人間か? それとも、キラーマシーンか?」


「キラーマシーンに決まっているでしょう。私、ただの人間には興味がないから。ダーリンは殺意と愛の境界で揺れている。殺意に傾けばキラーマシーン、愛に傾けばただの人間。ダーリンは愛に傾きかけている。全てあのあばずれのせいよ」


 アダムは脚を組んだ。


「邪魔者は殺せばいい。愛する者を殺して強制的にキラーマシーンにすればいい」


「それができれば苦労しないわ。あのあばずれがダーリンのそばにいるからどうしても戦闘になってしまう。私はダーリンをキラーマシーンにして本気で殺し合いたいのよ。ダーリンにはおぞましいくらいの殺意がある。己の邪魔になる者は全て殺す――それが王龍凜という人間よ。ダーリンは両親も愛する者も殺した。蟻が仲間の死体を引きずるように、きっとダーリンは何も感じなかったでしょうね」


 クイーンは痛む腹部をさする。

 いらいらしてきた。煙草を吸いたくなってきた。


「ねぇ、煙草をちょうだい」


「安物しか持ち合わせていない。俺の屋敷に立ち寄れば上質な煙草と葉巻がある」


「安物でいいわ。私、煙草の味なんてよくわからないもの」


 銀色のケースから煙草を受け取り、クイーンは吸い口を前歯で噛み潰した。アダムはナチスの印が刻まれたオイルライターの火を煙草の先端にかざした。


「ところで、このナチスの印にはどんな意味があるのかしら?」


「一つ予想してみろ。答えは単純だ」


「単純、ねぇ。まあ、あなたのことだからこんなところかしらね。髑髏は不完全な人間、それを鎖で磔にして虐殺する。完全無欠至上主義のナチスの思想が表れている」


「素晴らしい、当たりだ。この印の名はシェーデルクロイツ。この髑髏は不完全な人間と『デウス・エクス・マキナ』を意味している。イエス・キリストをも磔にした十字架、何者にも断ち切れない鎖。『デウス・エクス・マキナ』は完全であるにもかかわらず、人間たちはこの機械仕掛けの神を拘束している。『デウス・エクス・マキナ』が鎖を解き放つ時、世界は終焉ラグナロクを迎えるであろう。シェーデルクロイツは俺の予言も意味しているのだ」


「ふーん、いかにもあなたらしいわねぇ。北欧神話のフェンリルは鎖を引きちぎったわ。あなたは何者にも断ち切れない鎖と言ったけれど、『デウス・エクス・マキナ』も自ら鎖を引きちぎると思う?」


「博識だな。終焉はいつか訪れる。遅かれ早かれな」


 自民族中心主義を突き詰めていった結果が第二のアウシュヴィッツ――ベルリンだ。ここで指す自民族というのはアーリア人のことだ。が、再生されたナチス・ドイツでは定義が異なる。アーリア人とは完全な人間のことだ。無論、アダムもアーリア人を自称している。

 ナチス・ドイツの壁とベルリンの壁の検問所で選別されるのは、完全な人間と不完全な人間だ。それゆえに、ベルリンに送られるのは必ずしもユダヤ人とは限らない。これがかつてのホロコーストとの相違だ。

 完全の定義にも曖昧なところがあるが、大まかに説明するとこうである。

 ナチスを心から支持する者はアーリア人と認める。それにかかわらず、一定の基準を超える人間性を有する者も同じである。それ以外の人間は不完全であるとする。罪を犯した者もしくは犯罪歴のある者も不完全であるとする。

 つまるところ、ナチス・ドイツには本来の意味で完全な人間はごく少数なのだ。アーリア人はナチス・ドイツの国民として認識されるのが正しい。

 クイーンは完全な人間としてではなく完全なキラーマシーンとしてアダムに気に入られている。そのため、ナチス・ドイツで殺人の依頼があった時はクイーン・ハートの名で検問所を通過することができる。

 ベルリンでは、かつてアウシュヴィッツで行われていた残虐非道な人体実験が再開されている。これが第二のアウシュヴィッツと呼ばれている所以である。ベルリンでは、不完全な人間を完全な人間へと生まれ変わらせるための実験が行われている。この実験の結果の一つとして、『ヘルハウンド』がある。

『ヘルハウンド』は感覚器官の機能を最大まで上昇させた人間のことで、多くは検問所に導入されている。『ヘルハウンド』はアーリア人か否かを選別するための道具であり、人間の心を動作の機微のみで見抜くことができる。ちなみに、戦闘能力の高い『ヘルハウンド』はゲシュタポに加えられる。

『ヘルハウンド』は犬と同等の扱いを受けている。首輪をつけられて、餌はドッグフードを与えられる。ベッドで眠れるはずもなく、トタンの小屋でうずくまって眠る。商品化された『ヘルハウンド』は人間性を抹消される。命令をこなす従順な犬と同じだ。

 アダムは『ヘルハウンド』についてこう発言した。

 不完全な人間はベルリンで生まれ変わることができる。人間ではなくなるが、完全になれる。見ろ、『ヘルハウンド』は今日も忠実にナチスのために働いている。

 アダムは小さく咳払いして手をたたいた。


「話を戻そう。王龍凜についてだ。殺意に傾こうが愛に傾こうが、やはり王龍凜は完全になれる。殺意に傾けば完全なキラーマシーンに、愛に傾けば完全な人間になれる。私の実験で操作することもできる。王龍凜が我がナチス・ドイツで暮らしたいのなら歓迎する」


 クイーンは鼻で笑った。


「高級娼婦が一緒でも?」


「高級娼婦?」


「日本の遊女のことよ。ダーリンは吉原で最も価値のある遊女を買った。それも、二度も。一人は死んだらしいわ。あの憎たらしい売女は不完全にもほどがある。人間を言い張るなんておこがましい。娼婦はものよ。この世界に値段のついた人間なんていない。いいえ、いてはならない。人間は崇高であって然るべきなのよ。私はあなたの思想に賛成よ。完全無欠至上主義は素晴らしいと思うわ」


 クイーンの熱弁に、アダムは苦笑しながら窓を開けた。

 車内に充満していた紫煙が、窓が開く瞬間を待ち伏せていたかのように一斉に外へと逃げ出していく。


「人間ならざる者の戯言だな。俺に言わせれば、お前は人間を買いかぶりすぎている。何故そんなに人間の肩を持つ?」


「憧憬、かしらね」


「ほう、お前に憧憬するものがあるとはな」


「たまにまともな感情が羨ましくなるのよ。あなたには理解できない悩みでしょうけどね」


「ああ、理解できない。支配権のおかげで並みならぬ身体能力と思考能力が得られたが、所詮はただの人間。人間を超えたお前が羨ましい」


 よく言うわね、とクイーンは思った。

 アダムの支配権――能力は高い身体能力と思考能力だ。独裁者の全てを兼ね備えていると言っても過言ではない。特に彼は話術に長けており、洗脳的な演説で国民の支持を得ている。

 アダムに関するこんな逸話がある。

 ナチス・ドイツの支配者となったアダムは、支配者という身分でありながらいくつもの戦争に参加していた。サーベルを振るいながら戦場を駆けるその姿はまさしく戦神だった、と言って兵士たちは味方も敵も彼のことを畏怖していた。彼が終結させた戦争も少なくなかった。しかも、彼はいつも無傷で戦場から帰還した。旅行にでも出かけていたかのように。その翌日には平然として今度はサーベルではなく政治の指揮を振るった。

 アダムが人間を超えていないというのなら、人間は化け物の集団ということになってしまう。アダムはどちらかといえば私やダーリンと同じ類いの人間ね。天秤にかけると、キラーマシーンの方に大きく傾いている。そんな人間に羨ましがられるなんて、私はどんな化け物なのかしらね。

 クイーンは短くなった煙草を窓の外に投げ捨てた。


「アダム、あなたとのおしゃべりは楽しいけれど、時間が惜しいわ。そろそろ本題に入りましょう」


「もちろんいいとも」


「テレポーテーションした人間の移動先を把握するおもちゃを作っていたわね? それは完成したのかしら?」


「ああ、完成した。時間と手間はかかったが、『ヘルハウンド』以来の傑作だ。残念ながらまだ量産の見込みはないがな」


「ふーん。では、その傑作を拝見させてちょうだい。もし本当に傑作なら、私が高値で買い取ってあげる。損はさせないわよ?」


「お前の審美眼に適えばいいのだが」


 ポルシェが停車したのはとある収容所の前だった。

 ベルリンには収容所が星の数ほど存在している。壁に囲繞されたベルリン自体が収容所のようなものなのだが。

 収容所の中はじめじめしており、鼻が曲がりそうなくらいの異臭がした。血液と薬品の臭いだ。クリミア戦争が懐かしくなった。

 クイーンは自慢の金髪を労わりながら研究室へと案内された。

 研究室には人間の部位や内臓が散乱している。得体の知れない薬品の中に漬けられているものもある。異臭の原因はこれらだ。


「相変わらず趣味のいい研究室ね。ダーリンを殺した暁には死体をホルマリン漬けにしてくれる?」


「お安い御用だ。ついでに死体の損傷も直してやろう。せいぜいリボルバーの弾丸で穴が開くくらいだろう?」


「今は蜂の巣にしてやりたい気分だわ。はぁ、あなたがもっと若かったらダーリンと呼んであげたのに。残念だけど、私は年下にしか興味がないから」


「全く、お前は俺を手玉に取って弄ぶのが好きなようだ。まあ、いい。お前はサディストだと耳にしたことがある。お前の目当てのおもちゃは奥にある」


 研究室の奥の物置に進むと、瞼を閉じた人形たちがずらりと整列していた。この人形たちは元は人間だった。予備の『ヘルハウンド』たちだ。


「あら、これは……美しい……」


 クイーンはある『ヘルハウンド』の前で足を止めた。それは『ヘルハウンド』の中でも一際目を惹いた。

 あどけなさの残る顔立ちからして十五歳くらいだろうか。顔面はつぎはぎだらけだが、目鼻立ちは整っている。身体つきは華奢。首や四肢にもつぎはぎの痕があるが、色褪せた黒のドレスを纏った短躯には人形的な可愛らしさがある。いわゆるゴシック・アンド・ロリータという格好だ。


「なんて可憐なのでしょう。ゴシック・アンド・ロリータの美貌とフランケンシュタインの怪物のごとき醜悪が融合しているわ。倒錯美ね。アダム、あなたにこんな才能があるとはね」


「本当はブロンドにしたかったのだがな。ナノマシンの影響か、すぐに白髪に戻ってしまうのだ。お前が子供だった頃を想像して作ってみた」


「……あなたの性癖が垣間見えたような気がするわ。もしかして、この『ヘルハウンド』が私の目当てのおもちゃ?」


「そうだ。だが、『ヘルハウンド』とは異なる。言うなれば、『ヘルハウンド』の上位互換といったところか。『ヘルハウンド』は感覚器官の機能を最大まで上昇させているが、これは人間の限界を超えている。一人の少女に大量の人間の皮膚を移植し、複数の細胞を共有させた。アメリカから輸入したナノマシンで拒絶反応を打ち消し、無駄な人格を抹消した。感覚器官の機能は『ヘルハウンド』の数倍にもなる。テレポーテーションした人間の移動先も把握できるというわけだ」


「名前はあるのかしら?」


「いや、ない。私には命名のセンスがないのでな。『ヘルハウンド』を改良したものということで『ヘルハウンド改』というのはどうだ?」


「本当にセンスがないわね。私も怪しいけれど、私が命名してあげるわ。そうねぇ……フランケンシュタインの怪物では長ったらしいから省略して……フラン。この娘の名前はフランよ」


「フラン……ふむ、悪くない。後で認識票を作らせよう」


 アダムはフランの首輪に手綱を結びつけて軽く引っ張った。

 瞼が上がり、碧眼が覗く。


「おはよう、フラン。これから私がご主人様よ」


 しかし、フランは閉口したまま視線をクイーンに注いでいる。


「これからお前の名はフランだ。フラン、挨拶しろ。この貴婦人が今日からお前の主だ」


 ようやく理解したのか、フランはドレスの裾を両手でつまんでお辞儀した。いかにも機械的な仕草だった。


「フランは私が命名したのよ。気に入ってくれた?」


 フランは頷いたが、やはり声は発さなかった。


「フランは無口なのね。いいわ、やかましいよりはましだわ」


「お気に召したようでよかった。まあ、無口なのは当然だろう。ナノマシンで拒絶反応を中和しているのだ、苦痛は人間が感じ得るものを遥かに超えている。そのショックで口が利けなくなったのかもしれない」


「紙とペンはある? ダーリンの移動先がわかっても伝えられないと意味がないわ」


 アダムが手帳と万年筆を渡すと、フランは早速何か書き出した。

 手帳の上をさらさらと滑る万年筆。フランは文字を書く機械の人形のごとく無表情を顔面に張りつかせている。

 手帳にはこう書かれていた。


「よろしくお願いします、ご主人様」


 規則正しい文字の羅列には人間らしさが微塵もなかったが、クイーンにはそれが特別なことのように感じられた。感情が欠如した彼女の琴線に触れた。

 白い手が白髪を梳く。

 妹でもできたような気分だった。従順な下僕を足蹴にする優越感とはまた異なる感覚が、クイーンの嗜虐心を刺激した。


「アダム、いくら払えばいい? さぞ高いのでしょうけど、いくらでも買うわよ」


「金は払わなくていい。フランにはまだ改良の余地がある。いずれフランはプロトタイプになる。だから、ただでいい」


「あら、気前がいいのね。本当にただよね? 後から身体で払えとか言わないでよね」


「心配ならここで眠らせておいてもいいのだぞ?」


「冗談よ、もらうわ。あなたも私をあしらうのがうまくなったわね」


 アダムから手綱を受け取り、クイーンは満悦に微笑んだ。

 これでダーリンを永遠に追いかけられる。テレポーテーションしても見失うことはない。食事も睡眠もいらない。ダーリンの愛さえあればいい。ダーリン、もう逃げられないわよ。死ぬまでずっと殺し合いましょう。今度こそ決着をつけてやるわ。

 龍凜への怒りは綺麗さっぱり消えていた。殺し合いの高揚が胸の中で踊り出した。


「フランはテレポーター越しの移動先も把握できるが、何度もテレポーテーションした人間の居場所を直接把握できるわけではない。テレポーターをいくつか経由していけば、いつかは王龍凜の居場所を特定できる。執念深いお前なら平気だと思うがな」


「ふふふっ、そうね。ダーリンに一目惚れしてからもう十年が経つわ。私ももう二十八歳かぁ。嫌ねぇ、歳を取るというのは」


「同感だ。だが、お前はまだ美しい。いや、歳を重ねるごとに美しくなっている。まるで不老不死の呪いにかかっているかのようだ」


「不老不死、ねぇ。もしそれが真実なら、ダーリンには私を殺せないわね」


 ぽつりと呟くと、アダムが肩にそっと手を添えてきた。


「なあ、クイーン、本当に王龍凜を殺すつもりか?」


「何よ、完全な人間が一人死ぬのがもったいない? あなたが完全と定義したアーリア人が一日に何人死んでいるのかご存知かしら? ああ、答えは私も知らないから。だけど、少なくとも一人以上は死んでいるわ。確かに、ダーリンは贋作のアーリア人とは違う。ダーリンなら完全なキラーマシーンにも完全な人間にもなり得るわ。でも、あなたなら完全をいくらでも創造できる。一人の死で悲しむあなたではないでしょう?」


「そういうことではない。なんと言えばいいのだろう……余計な世話かもしれないが、お前には幸せになってほしいのだ。殺し合いで幸せになれるはずがない。ただの人間ではないお前に必ずしも当てはまるとは限らないが、幸せとは殺し合いで掴み取るものではない。愛する者と殺し合っても残るのは虚無感だ。後悔しても遅いぞ」


「アダム、一体どうしたというのよ。あなたらしくないわ」


「少なくとも、人間が愛する者に幸せになってほしいと願うのはおかしいことではない。たとえ片思いでもな。お前は愛する者に幸せになってほしいと願ったことがあるか?」


 クイーンは表情を引き締めて即答する。


「あるわ。だからこそ殺し合う。殺し合い、愛し合う。本当は私にもわかっているわ。ダーリンの幸せはあのビッチと平和に暮らすことなんだって。でも、それで私の気持ちがどうなるのか想像したら怖くなった。ダーリン一人が幸せになったら私は孤独になって幸せになれない。自己中心的かもしれないけれど、そんな結末は絶対に嫌。私はダーリンを諦めたくない」


「……そうか。すまなかった。余計なことを言ってしまったな」


「いいのよ。あなたのそういうところ、私は好きよ。ああ、別に異性としてではなくね」


 アダムの頬にキスをし、クイーンはフランの手綱を引いて研究室を後にした。

 さて、可愛いおもちゃも手に入ったことだし、吉原に戻るとしましょうか。テレポーターにダーリンの体臭が残っているといいのだけど。待っていて、ダーリン。あなたが殺してくれないのなら、私があなたを殺してあげる。一緒に幸せになりましょう。

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