殺戮の王と狂気の女王3

「なんて低俗な娼婦街なのかしら」


 クイーンは息を吐くように悪態をついていた。


「高級娼婦がわんさかいるわ。格子の中にいるのは奴隷? いいえ、それにしては身なりがよすぎる。なるほど、看板ってことね。高尾太夫はどこ? この吉原で最も価値のある娼婦ということは……ああ、きっとこの遊郭ね」


 クイーンが立ち止まったのは、天守閣のある五階建ての遊郭の前だった。深呼吸すると、龍凜の残り香を嗅げたような気がした。

 クイーンは格子の中で煙管をふかしている遊女を軽蔑の眼差しで睨みつけた。


「ねぇ、最近、トレンチコートの香港人が来なかった?」


「トレンチコートの香港人? ああ、あの可愛いお兄さんのことね。無口で不愛想な高尾太夫を身請けしていったわ。隻眼のお姉さんはあのお兄さんとどういう関係なのかしら?」


「特別な関係、かしらね」


「つまり、浮気されているのね。あのお兄さんは浮気者ね」


「どういうこと?」


「十年前、先代の高尾太夫を身請けしたのもあのお兄さんだったんですって」


 クイーンは歯噛みした。彼女にとって、龍凜の愛した女が生きているのは許しがたいことであった。

 ダーリンは私の魅力に気付いてくれていないのよ。もう、どうして気付いてくれないのかしら。ダーリンのためにこんなにも美しく着飾っているのに。ダーリンの意地悪。でも、きっとダーリンは気付いていないふりをしているだけ。ほら、よく言うわ、意地悪は愛情の裏返し、って。私はダーリンの愛を見抜いているわ。だから、私は諦めない。たとえダーリンが他の女を愛しているのだとしても。だって、ダーリンの愛する者を殺していけば、いつか私が愛する者になれるはずだもの。


「先代の高尾太夫はどこにいるのかしら? 後代を身請けしたということは、先代も浮気されているのよね? 是非とも先代と会ってこの気持ちを共有したいわ」


「残念ながら先代は亡くなったわ。事情はわからないけれど、葬式にはあのお兄さんはいなかったわ」


「へぇ、先代もかわいそうね。ふふふっ、きっと後代も殺されるのでしょうね」


 クイーンは舌舐めずりをした。

 ダーリンが殺したのね。さすがダーリン、愛する者さえも殺してしまったのね。ああ、なんて狂っているのでしょう。

 王龍凜はチャイニーズ・マフィアのボス――金礼虎を殺した。両親を殺した。チャイニーズ・マフィア、イタリアン・マフィア、殺人株式会社のメンバーを大量に殺した。そして、ついには愛する者をも殺した。

 私は金色の瞳の中の殺意に一目惚れした。王龍凜なら私を殺してくれるかもしれない、と思った。同時に、私は狂気的な殺意に恋をした。クイーン・ハートと王龍凜にとって、殺し合いこそが真実の愛なのよ。私たちにとって、殺し合うことは愛し合うことと同じなのよ。愛の中で死ねるなんて幸せだわ。

 クイーンが目配せし、部下たちはガソリンを遊郭の周囲にどばどばとぶちまけた。火をつけたら、身体を温めるにはちょうどいい焚き火になることだろう。


「ここにいたのね、ダーリン。あばずれめ、ダーリンを誘惑して身請けさせるなんて最低。ダーリンを騙してまでこの遊郭から自由になりたかったのなら、私が破壊してあげる。ああ、ダーリンとあばずれがこの遊郭でいかがわしいことをしていたかもしれないわね! ダーリンとの甘美な思い出は私が全てぶち壊してやる!」


 いつの日か龍凜の煙草に火をつけるために胸の谷間で温めておいたガスライターを取り出す。ドラゴンの刻印がなされたお揃いのガスライターだ。

 クイーンは部下から煙草の箱をひったくり、九龍城砦での燃えるような激しい戦闘に思いを馳せながら一服した。喫煙のきっかけも龍凜だ。

 ガソリンの水たまりに煙草を放り投げたクイーン。煙草から火が発生し、それはあっという間に遊郭を包み込んだ。燃え盛る遊郭は、江戸時代の明暦の大火を彷彿とさせた。


「ダーリン、綺麗な花火を打ち上げて待っているわ」

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