殺戮の王と狂気の女王2

 アメリカ、シカゴ。

 シカゴ・シアターのステージで演奏される『マイ・ファニー・バレンタイン』を聞きながら、スカーは新聞を広げた。

 大きく取り上げられたニュースはスカーを笑わせた。見出しはこうだ――エッフェル塔、倒壊する。

 そういえば、殺人株式会社にエッフェル塔嫌いのフランス人がいたな。クイーン・ハートだったか。これでせいせいしたことだろう。いや、もしかしたら、クイーンが犯人かもしれない。クレイジー・クイーンならやりかねない。

 スカーは新聞を畳んだ。

 今日はこれ以上面白いニュースはないだろう。どうせ読んでも、エッフェル塔が倒壊したこと以外のニュースはどれもつまらなく思えてしまう。読み甲斐がないというものだ。

 スカーは部下にオレンジ・ブロッサムを作らせた。『マイ・ファニー・バレンタイン』を演奏し終えたオーケストラに拍手を送り、今度はお任せでミュージカルを上演させることにした。

 部下からオレンジ・ブロッサムを受け取る。ふと異例の値段で取引した日本酒のことを思い出す。

 スカーは部下にオレンジ・ブロッサムを譲り、木箱の中の日本酒を持ってこさせた。

 日本酒の味見を忘れていた。本来なら味見もせずに取引するということはあり得ない。それでも俺が取引に応じたのは相手が王龍凜だったからだ。ルージュを身請けするという理由でなければ、あんな大金は払っていなかった。

 グラスに注がれた日本酒を喉へと流す。吉原の支配者――高尾太夫のための酒というだけあって、女性的な甘さのある優しい味だ。後味にはしっかりと酸っぱさが残る。誰かに売るにはもったいない代物だ。

 チャイニーズ・マフィア、イタリアン・マフィア、殺人株式会社。敵は世界中にいる。どこにいても敵だらけだ。どちらかといえば俺も敵だ。平和に暮らせる居場所はない。居場所は己で作るしかない。居場所を作るには戦うしかない。


「王龍凜、ハッピーエンドにしてくれよ。俺はバッドエンドが嫌いだ」


 ステージの幕が上がり、スカーはもう一杯日本酒を注がせた。

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