第86話誘拐事件が起こりました
「というわけで、こっちは収穫なしだった」
俺の言葉に、シルファも首を振る。
演奏会から数日後、俺は皆の報告を受けていた。
「私たちも全くです。手に入れた名簿から一人ずつ調査はしてみたのですが」
「ボクは偉い人たちの屋敷に忍び込んで調べてきたよ。でも特におかしな事はなかったかな」
「冒険者の中にも信徒はいるけど、彼らに聞いても目立った情報は手に入らなかったね」
肩を落とすシルファたち。
うーむ、どうやら時間がかかりそうだな。
「ロイド!」
いきなり扉を開けて入ってきたのはサリアだ。
「あんたたちもいたのね。丁度よかったわ」
「そんなに息を切らせてどうしたの? サリア姉さん」
俺が尋ねると、サリアは俺をまっすぐに見て言葉を続ける。
「いい、よく聞いて。……イーシャが消えたわ」
サリアの言葉に、全員が言葉を飲む。
「先日、お茶の約束をしてたから教会を訪ねたの。でもいなかった。神父に尋ねても朝から来てないっていうし、家に行ったけど誰もいなくて……方々手を尽くして探し回ったけど、見つからないのよ! ……ロイド、あんたは魔術が使えるんでしょう? どうにかして見つけられないかしら?」
あまり表情は変えてないサリアだが、足踏みをしたり落ち着かない様子だ。
いつになく不安そうである。
もしかして例の黒幕の仕業だろうか。
神父に取り憑いたレイスが払われたのを知っているとしたら、同じ教会で働いており、かつ神聖魔術の使い手であるイーシャに目をつけていても不思議ではない。
イーシャを追う事は黒幕を見つけるのにも繋がる、か。
「……わかったよサリア姉さん。イーシャには俺も世話になってるしね」
「頼んだわよロイド。私の数少ない友達だからね」
「じゃあ早速……シロ」
「オンッ!」
俺の足元に擦り寄ってくるシロを抱き上げる。
「イーシャの場所、わかるか?」
「くぅーん……」
俺の言葉に尻尾をたらんと垂らすシロ。
主人である俺の匂いならともかく、大して接点のないイーシャでは匂いを追えないか。
だったらこれを使えばいい。
強化系統魔術『感覚強化』。
これは使い魔用の魔術で、一部の感覚を大きく強化させるものだ。
人体には負担が大きいので使えないが、これでシロの嗅覚を強化すればイーシャを追えるはず。
「どうだシロ、いけるか?」
「オンッ!」
今度は元気よく返事をしたシロは、部屋を飛び出す。
「よし、行こう」
「私も!」
ついて来ようとするサリアを制止する。
「サリア姉さんは残ってて。俺たちに何かあったら、アルベルト兄さんに言って欲しいんだ」
「でも……」
「ロイド様は我々が命に代えてもお守りいたします。サリア様は危険ですので、お待ち下さいませ」
「……そうね。私が行っても足手まといだろうし。んかった。明日までには戻りなさいよ。でないとアルベルトに言いつけるわ」
「わかったよ。ありがとうサリア姉さん」
「うん、ロイドも気をつけて」
サリアに見送られながら、俺たちはシロを追う。
シロたちが向かったのはデーン大橋の下にある下水道。
やはりここに何かあるのは間違いなさそうだ。
「ロイド様の神聖魔術のおかげで、道が綺麗になっていますね」
以前は床が汚泥まみれだったが、今はそれらがなくなっており走りやすい。
歩きやすくなった下水道を、シロが時折振り返りながら駆けていく。
「この方角……前と同じだよね。教会の方へ向かってる」
「あぁ、やはりあの辺りに何かあるのかもな」
「オンッ! オンッ!」
突如、シロが壁に向かって吠え始めた。
「どうしたシロ?」
「ふむ、どうやら奥は空洞があるようね」
タオが壁を叩くと、こんこんと乾いた音が鳴る。
隠し通路、か。
見た目はただの壁だが、よく見ればここだけ色が違うように見える。
汚れが落ちた事でそれがわかるようになったのか。
「砕くよ――『練気掌』」
タオが壁に掌を触れると、そこから無数のヒビが生まれ、ガラガラと音を立て崩れ去った。
「おっと、少し強すぎたね」
「音消しの結界を張ってるから平気だよ」
こんな事もあろうかと、風系統魔術にて結界を張っており無用な音は外に漏れない。
少々騒がしくしても敵にバレる心配はない。
「流石はロイド様、周到ですね」
「ついでに光を出さないよう、『暗視』の魔術を皆にかけておく。急に明るい場所に出た場合は目が眩むので、気を付けて」
「はーい」
これをかけている間は暗闇でもはっきり目が見えるようになるのだ。
暗闇の中、俺たちは警戒しながら奥へと進んでいく。
歩くことしばし、広い部屋へ出た。
「! こ、これは……」
巨大な空間に所狭しと並べられているのはガラス瓶に詰められた魔物だった。
死んではいないようだが、厳重な封印処置を施されている。
他にも手術台や血の付いた刃物、大量の骨、注射器、大量のメモ書きなどの資料が散乱している。
「なんと禍々しい……」
「う……ひどいニオイある……」
「魔物がいっぱい……この辺りじゃ見た事ないのも沢山いるよ」
全員、その光景を見て青い顔をしている。
これは研究所だな。同類である俺にはわかる。
魔物の合成、もしくは何らかの変化を促す研究をしているといったところか。
湧いて出たグールやヴァンパイアなどはその産物だろう。
……かなり踏み込んだ研究をしているな。俺でもここまではやらないぞ。うらやまけしからん。
「オンッ! オンッ!」
「まだ奥があるようですね。行ってみましょう」
シロに呼ばれて更に奥へと進むと、病室のような部屋にイーシャが倒れていた。
「イーシャさん!」
レンが駆け寄り、イーシャの額に手を当てた。
手のひらに魔力を集中させ、目を瞑る。
「……薬品で眠らされている見たい。クロロ草から取れる眠り成分かな? 多分」
体内で毒を生成出来るレンは、現在様々な毒成分を制御する練習中である。
特に重点的にやっているのは、自然界に存在するあらゆる毒に対する知識を得ることだ。
毒といっても様々なものがある。
まずは自分の発している毒の成分を理解しなければ話にならないからな。
「これを大量に嗅がされると急速に意識を失うんだ。麻酔薬によく使われるものだから、毒性は薄いと思う。数時間もすれば目を覚ますと思うよ」
俺の方をチラリと見てくるので、頷いて返す。
うん、よく覚えているな。
勉強の成果は出ているようである。
「すごいねレン、お医者さんみたいある」
「ロイドに色々教えて貰ったから……えへへ」
照れ臭そうに笑うレン。
まぁ俺は本を貸したり読んだりしただけなんだが。
本人にやる気があるからこそ、である。
「そういう事でしたら、私が背負いましょうか。さ、用も済んだし帰るとしますか――ッ!?」
言いかけたシルファが目を細める。
「何かの気配が近づいてくるね」
「えぇ、どうやら
ずず、と這いずるような音と共に現れたのは、上半身が女で下半身が蛇の魔物、ラミアだ。
「……いや、これは偽装なのか」
グールもヴァンパイアも、そしてこのラミアも人型の魔物だ。
恐らくこれは研究の産物。魔物に偽装する事で、この施設のカモフラージュをしているのだ。
「シュールルルルル……!」
長い舌を伸ばし、こちらを睨みつけてくるラミア。
「来ます!」
シルファの声と共に、ラミアが飛びかかってきた。
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