第87話ラミアとバトルします
「シュー……!」
ラミアは両手を上げ魔力を練り始める。
お、魔術を使うつもりか。あの術式、風系統中位魔術『嵐牙』だな。
ラミアの右手が怪しく光り、無数の風の刃が放たれる。
――だが、それは俺の自動展開した魔力障壁に当たって消滅した。
「はあああっ!」
その隙を突き、シルファが迫る。
振り下ろした剣はしかし、虚空で弾かれラミアには届かない。
どうやら向こうも魔力障壁を張っているようだ。
中位魔術に加えてシルファの斬撃を防ぐ障壁を張るとは、こいつ中々強いな。
「――『崩拳』!」
「そこ――っ!」
タオの『気』を乗せた打撃も、レンの死角からの攻撃も魔力障壁が発動している。
うーん硬い。三人の攻撃では倒せそうにない。
「あのラミア、かなりの魔力を持ってやすぜ。しかも魔術まで使うとは……」
「やはりロイド様の予想通り、怪しき実験により合成された魔物なのでしょうか?」
「かもな。だとしたら……捕らえてみたいな」
遠目から見ただけでもわかるが、ラミアの身体は複雑な術式で身体を繋ぎ合わせている。
どうやって合成したのか、そして他の魔物と比べてどう変わっているのか、魔術はどんな役割を果たしているか……うん、じっくりと見てみたい。
だがこの魔力障壁を破るにはそれなりに高度な攻撃系魔術が必要だ。
もちろん俺ならどうとでもなるが、これを破るほどの攻撃魔術は派手だからなぁ。
結界や神聖魔術など、一見何をやっているかわかりにくい魔術ならともかく、それを使うとシルファたちに俺の魔術師としての実力がバレてしまう恐れがある。
それは避けたい。だったらこういう時は……と。
「――レン、あいつを捕えたい。毒で動きを止めれるか」
「! 任せて」
俺の意を汲み取ったレンが頷き、闇に溶けるようにして駆ける。
レン一人ではラミアの魔力障壁は突破できないが、俺が手を貸せば話は違う。
空間系統魔術『影継』。
影と影の間を魔力によるパスで繋ぎ、短距離での空間跳躍を可能とする魔術だ。
レンの暗殺者としての歩調との組み合わせによる高速移動。
ラミアも魔力障壁を張って対応するが、間に合わない。
ずぶり、と毒々しい紫色に染まった短剣をラミアの背中に埋めた。
「ギ――!?」
「安心して、眠りの毒だから」
崩れ落ちるラミアにレンはぽつりと呟く。
こっそりと歩み寄り、口元に手を当て呼吸を確認する。
……うん、ちゃんと息はあるようだ。
ちゃんと眠りの成分だけを抽出したんだな。
レンの毒生成能力も着実に成長している。
「今の動き、よかったですよレン」
「ありがとうシルファさん。でもロイドの魔術のおかげだよ」
おいこら、俺の事は隠せって。何の為に補助で倒したと思っているのやら。
「やはりロイド様の仕業でしたか。このような狭い場所では攻撃魔術を使うのはは危険。即座にそう判断し、サポートに回ったのですね。素晴らしき状況判断です」
何やらブツブツ言ってるが、まぁシルファもそこまで気にしてなさそうだし、別にいいか。
ともあれここは様々な研究材料がある宝の山だ。
俺一人で調査したいところである。となると、皆が邪魔だな。
「さ、もうここには用はない。早く帰ろう」
「それはもちろんそのつもりですが……ロイド様、何をそんなに焦っているのです?」
俺が早く帰るよう促すと、それを不思議に思ったのかシルファが首を傾げる。
うっ、鋭い。
「あ、焦ってなんかないよ。ほら、早くイーシャを連れ帰って安心させなきゃでしょ」
「ふむ、そうあるな。こんな不気味な場所に長居は無用ね」
「そうそう!」
危ない危ない、どうやら誤魔化せたようである。
皆がいたらこの研究所を思う存分調べられないからな。
「では火を放つよ。こんな危険な場所、見過ごせないね」
皆を外へ追い出して一息ついていると、タオが松明を入り口に置いた。
ちょ、何やってんだタオの奴。
「えぇ、その通りです。丁度ここに燃やすものもありますしね。……よいしょ」
そしてシルファがいつの間にか持ってきていた書類をばらまいた。
「あ――」
俺が止める間もなく、火は瞬く間に書類や何やらに燃え移り、めらめらと燃え広がっていく。
しまったな、だがここで消し止めようとすれば怪しまれてしまう。
……くそっ、仕方ないか。
俺は実験場に背を向け、歩き始める。
「……うん、それじゃあ悪は滅びたって事で、さぁ帰ろうか」
「ロイド様、先刻から何やら様子が変ですが……どうかなさいましたか?」
「な、何でもないって! 気にしなくていいからさ! ほらサリア姉さんを安心させないといけないだろう?」
「はぁ、それは確かにそうなのですが……」
訝しむような目で俺を見るシルファ。
ともあれ、俺たちはイーシャを連れて城へ戻るのだった。
◇◇◇
「イーシャ!」
城に戻ると待ち詫びていたサリアが駆け寄ってきた。
心配そうな顔でイーシャの手を取る。
「大丈夫です。気を失っているだけですから」
「……そう、よかった」
「夜には目を覚ましますよ。そうしたら話を聞いてみましょう。犯人に通じる手がかりがわかるかもしれません」
イーシャをベッドに寝かせると、むにゃむにゃと寝言を言い始めた。
「んーもう食べられませんー……」
「……ったくあんたは、、心配ばかりさせて……」
サリアは幸せそうに寝息を立てるイーシャの頬を、むにんと摘む。
余程安心したのだろう。いつものクールな顔が台無しだ。
そんなサリアを見て、シルファたちは顔を見合わせ苦笑するのだった。
◇◇◇
「さて、無事だといいんだが……」
夜、こっそり城を抜け出した俺は下水道にある実験場へ来ていた。
焼け焦げた入り口からしばらく歩くと、中は綺麗なものだった。
よしよし、結界はちゃんと作動していたようだな。
こんな事もあろうかと、俺はあの時実験場内に結界を張って火で焼かれるのを塞いでいたのだ。
三人を早く帰そうとしたのはそれをバレないようにする為である。
うん、中は無事のようだ。しめしめ、これなら色々と情報を得られるぞ。
中へ入り、物色をしようとした時である。
「あのぅ……」
いきなりの声に身構えると、そこにいたのは昼に倒したラミアだった。
魔術を発動する直前、ラミアの気の抜けた顔を見て思いとどまる。
「あわわっ!? こ、殺さないで下さいぃーっ!」
頭を抱えてしゃがみ込むラミア。
俺は向けていた手を下ろす。どうも様子がおかしいな。
「なんだぁこいつ、どうも昼間と随分様子が違いやすぜ?」
「ふむ、ロイド様に倒されて正気に戻ったようですね。よく見れば中々可愛らしい顔をしている。推す程ではありませんが」
グリモとジリエルも俺と同じことを考えたようだ。
話は通じそうだし、聞いてみるか。
「えーと、君は人間としての意識があるのかい?」
「は、はいっ! でも名前も何も憶えてなくて……気がついたらここにいて、こんな身体になっていたんです。一体何が何やら……うぅ……」
ラミアはめそめそと泣き始めた。
「どうやらこいつ、元は人間だったようですぜ。人間の女の匂いがしやがる」
「人間と魔物を合成するなど……神をも恐れぬ行為です。許せぬ!」
なるほど、グールを使って街の人間や冒険者を捕らえて実験に使っているのか。
恐らく洗脳でも施していたのだろうが、不完全だったので先刻の戦闘で解けたのだろうな。
「とりあえず君の事はラミアと呼ばせてもらうよ。それで、君を捕まえた人間に心当たりは?」
「いえ、その辺りの記憶も全く……あ! でもこんなものが落ちていましたよ!」
ラミアが懐から取り出したのは、ロザリオだった。
「これは……教会の人間のモンですかね? やっぱりあの中に黒幕が居やがったに違いねぇ!」
「そうとも限らん。教会の人間に見せかける為の罠かもしれません。浅慮は禁物ですよロイド様」
どちらにしろ、手掛かりになるのは間違いない。
俺はラミアからロザリオを受け取り、懐に仕舞う。
「そ、それで私はどうすれば……こんな身体じゃ魔物だと思われてしまいますよね……うぅ……」
ラミアはおどおどした様子で俺に尋ねてくる。
かなり気弱そうだな。こんなので冒険者が務まるのだろうか。
だがこちらとしては組みし易くて都合がいい。
「うん、確かにその身体じゃ街へは帰れないだろうね」
「そ、そうですよね……私、魔物として生きていくしかないのかな……」
「――いや、そんな事はないよ」
俺の言葉に、ラミアはきょとんと目を丸くする。
「ラミア、君は運がいい。実は知り合いに君と似た変わった人間がいてね。彼の元で面倒を見てもらおうと思っているんだ。ラミアが良ければだけど、どうだい?」
「ほ、本当ですかっ!? ぜひお願いしますっ!」
「うん、任せてくれ。では早速行こうか」
そう言って俺は空間転移魔術を発動させる。
独特の浮遊感の後、視界が開けた。
場所は言わずもがな、ロードスト領主邸であった。
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