第36話魔獣を調教します

「シロ、来い!」

「オンッ!」


 俺が呼ぶと、白い大型犬――シロが元気良く駆けてくる。

 シロは俺に抱きつき、その重さと勢いで芝の上に押し倒された。

 短い草が宙に舞い、草と土の香りがした。


 俺はサルーム王国第七王子、ロイド=ディ=サルーム。

 魔術大好き十歳。前世ではしがない貧乏魔術師で、生まれて初めて見る上位魔術に見惚れて死に、この身体に転生した。

 歳の離れた第七王子という事で王位継承権もないし、自由に生きろと言われた俺は好きな魔術ばかりやっている。……のだが最近は周りの人間に妙に期待されている気がする。

 まぁきっと気のせいだよな。

 地味で目立たない第七王子、それが俺の立ち位置である。


「オンッ! オンッ!」


 ちなみに俺の顔を舐めているこの犬はシロ、元は俺を襲ってきた魔獣だが、俺の事が気に入ったのか随分懐かれてしまった。

 連れ帰っても良いと言われたので使い魔としたのである。

 シロを撫でる手のひらから、ぐぱっと口が生まれる。


「へへへ、魔獣にまで慕われているとは流石はロイド様ですな」


 こいつは魔人グリモワール。俺はグリモと呼んでいる。

 城の地下書庫、禁書に封印されてたが、色々あって俺の使い魔となったのだ。

 俺の掌の皮に住まわせており、時折こうして口を開いては喋りだす。


「ぐひひ、魔獣まで従えやがったか。いいぜぇ、テメェが色んなものを手に入れてくれりゃあ、俺様がその身体を乗っ取った時に美味い思いが出来るからなぁ……」


 なお、時々ブツブツと独り言を言っている情緒不安定な奴である。

 せめて聞こえる声で喋れよな。


「オンッ! オンッ!」

「おっとと、こら犬っころ! 吠えるんじゃねぇ! しっしっ」


 独り言を言うグリモに向かって吠えるシロ。

 ……どうも二人はあまり仲は良くなさそうだ。


「こらこら、喧嘩してないで続きをやるぞ」

「オンッ!」


 グリモに手を握り口を閉ざさせると、シロが座り直した。

 今行なっているのは魔力に命令を乗せて飛ばし、念じるだけで使い魔に命令を出せるという魔獣使いの技である。

 魔獣使いとはその名の通り魔獣と契約、使い魔として操る者たちの総称で、その起源は使い魔を愛する魔術師たちがより使役する能力に特化させていく過程で生まれたらしい。

 彼らは使い魔を操るのにも術式は使わずに魔力を利用して念じるだけで支配するらしく、俺はそれを試しているのだが……


「シロ!」


 と呼んでみたが、シロは俺の次の命令をキラキラした目で待つのみだ。

 来いと念じてみたのだが、どうやら伝わらないようだ。

 シロはとても頭が良く、俺の言葉を殆ど理解しているので声に出せば大抵のことは伝わる。

 ただし、お手、伏せ、待て、おかわり、チンチン、取ってこい……などの簡単な命令はともかく、例えば三周回ってワンと鳴け、のような複雑なものでは話が変わってくる。

 どれくらいの速さで、どこを回って、どう鳴くのか。そこまでの意味を込めるのはその一言では無理だ。

 念じるだけで言う事を聞かせられるなら、その辺りも何とかなりそうなんだがなぁ。


「ロイド様、術式を使って命令は出来ないんですかい?」

「術式は世界に効率よく干渉すべく特殊な魔術言語で書かれたものだからな。それを理解できないシロには通じないよ」


 ていうか術式を理解して弄れる魔術師はかなり少ないしな。

 俺でも現状は単語を組み替えるのが限界だ。そう言う観点から見ても、日々の読書で理解力を鍛えるのは大事なのである。

 結局は言葉を魔力に乗せて伝えるのが一番早いのだ。


「……おすわり」

「オンッ!」


 というわけで俺は魔力と言葉を同時に出し、反覆訓練にて地道に覚えさせていた。

 うーん、だがこれは時間がかかる上に柔軟性がないしなぁ。

 細かいニュアンスは伝わらないし、何かもっといい方法はないだろうか。

 考えていた俺は、ふとある人物を思い出す。


「そうだ、アリーゼ姉さんなら……」


 ――サルーム王国第六王女、アリーゼ=ディ=サルーム。

 俺の三つ上の姉で、俺と同じように王位継承権もなく好きな事をして暮らしている。

 その対象は専ら動物。

 犬猫はもちろん、爬虫類に鳥類、果ては魔獣まで飼育している生粋の動物好きである。

 俺がシロを飼っても何も言われなかったのは、アリーゼという前例があるからというのも大きいだろう。


「あまり気は進まないけど……会いに行ってみるか」

「オンッ!」


 俺の言葉にシロは元気よく応えるのだった。


 向かった先は城の離れにある大きな塔。

 その周りにある広い庭にはリスやウサギなどの小動物が俺たちを興味深げに見ており、木々の上では色とりどりの鳥たちが囀っていた。


「はぁー、こいつら全部、ロイド様の姉君が飼ってるんですかい? こんな風に放し飼いにされてて、逃げないもんすかねぇ?」

「うん、アリーゼ姉さんは昔から動物に好かれやすくてね。今思えば魔力によるものなのかも……と考えたんだ」


 普通に考えてこれだけの動物を飼い慣らすなんて常人には無理だろう。

 俺と同じ血を引いてるし、魔術師としての才能が発現していてもおかしくはない。

 生まれつき血筋や才能に優れた者の中には、無意識に魔力を扱う者も珍しくないのだ。

 塔に辿り着いた俺は、正面にある大きな扉をノックする。


「姉さん、アリーゼ姉さん。いますか? ロイドです」


 少し待っていると、中から黒髪メイドが出てきた。

 確か名前は……


「エリスだっけ?」

「覚えていただけて光栄です。ロイド様、お久しぶりでございます」

「うん、久しぶり。アリーゼ姉さんに会いたいんだけど」

「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」


 ぺこりと頭を下げ、塔へと戻るメイド。

 更にしばらく待っていると、扉が開いた。


「ロイドーーーっ!」


 がばっ! といきなり抱き締められた。


「わぷっ!?」


 ふかふかの柔らかな感触を、ぎゅーっと押し付けられる。苦しい。


「ロイドロイドロイドっ! んもうー、久しぶりねぇ! あなたから会いに来てくれるなんて、姉さんとっても嬉しいわっ!」


 更にグリグリと頭も撫でてくる。痛い。


「アリーゼ様、おやめ下さい。ロイド様が苦しがっておられます」

「えっ!? あらほんと、ごめんなさいね」


 アリーゼは謝ると、俺を抱き締める腕を緩めた。

 ……ふぅ、苦しかった。だからあまり来たくなかったんだよな。

 アリーゼは昔から俺を見つけては抱きついたり、キスしたりとオモチャにしていたのである。


 咳き込みながら顔を上げる俺の目の前にいたのは、薄紅色の長い髪をフワフワとさせた女性。

 髪だけではなく、ドレスにもファーやポンポンが付いており、全体的にフワフワだ。

 ……ちなみに胸も。


「ふふっ、ごめんねロイド。姉さん嬉しくなっちゃって。それで一体何の用かしら?」


 アリーゼはそう言って、にっこりと微笑むのだった。

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