第37話おいでよ動物の塔
「それで、用というのは何かしら?」
「はい。つい最近魔獣を飼い始めたので飼育法やしつけ方など、色々聞きたいなと思いまして……紹介しますね。シロです」
「オンッ!」
背中を撫でると、シロが吠える。
それを見てアリーゼは目をキラキラさせた。
「あら! あらあらまぁまぁ可愛い子ねぇ! シロちゃーん! やけに丸くて小さいけれど、ベアウルフかしら?」
「当たりです。北の森にアルベルト兄さんと魔獣狩りに行った時に懐かれました。……それにしてもよくわかりましたね。本来の姿とは大きく違うはずですが」
「うふふー、何となくそんな感じがしたのよ」
なんとなく、ね。やはりなと思いながら俺は目を細める。
以前俺が魔力の波長を感知して生物の同一個体を識別したように、アリーゼもまた無意識に似たような事をしたのだろう。
「まりょく、ってのが関係してるのよね。よくわからないけれど」
「はい。それで聞きたいのですが……」
「ねぇロイド、こんなところで立ち話もなんだし中で話さない? 美味しいお茶を出すわよ」
「あ、そうですね」
つい話し込んでしまった。中に入ればアリーゼの魔獣もいるだろうし、それを見ながらの方が話しやすいか。
というわけで俺はアリーゼに案内され、塔の中へと足を踏み入れる。
中は大広間となっており、塔の外壁に螺旋階段と小部屋がいくつかある以外は完全に吹き抜けとなっていた。
地面には芝や苔、池、草むら、更に木々まで生えており、まさに自然のままといった感じだ。
それを見たグリモが感嘆の声を上げる。
「はぁー、すごいですなぁ」
「時々一般人に開放しているらしいよ。動物園として」
国内でも珍しい動植物が見れるからと、開放の日は大勢の人が訪れる。
ちなみにその時の案内人はエリス。アリーゼがやりたがっていたが、それは流石に止められていた。
部屋の中央にある白いテーブルにアリーゼと共に座った。
「エリス、お茶を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
エリスは頭を下げると、いつの間にか手にしていたティーポットで茶を注ぐ。
ハーブの良い香りが辺りに広がり、アリーゼは心地よさげに目を瞑る。
「早速ですがアリーゼ姉さんの魔獣を見せてもらいたいんですけど」
「あらせっかちさんねぇ。ふふっ、わかったわ。ロイドの頼みですもの……リル!」
アリーゼが呼ぶと、建物の屋根からふわっとした毛玉が起き上がる。
さらりとした長い足、全長ほどもある長い尻尾、ぴょこんと立った耳が動き、主人であるアリーゼの方を向いた。
リルと呼ばれた巨大な狼は、力強く跳ねるとアリーゼの元へ降り立つ。
銀色の毛並みと金色の瞳の美しい魔獣。
背の高さは3メートルはあるだろうか。凄い威圧感である。
「紹介するわ。この子はリルよ。さ、ご挨拶なさい」
「ウォン!」
甲高い声でリルが鳴くと、シロが俺の後ろに隠れた。
でっかいから怖いのだろうか。
それでもシロは興味深げにリルをじっと見上げている。
「こいつはレッサーフェンリルですな。ベアウルフの上位種の割とヤバめな魔獣ですぜ」
「上位種か、だからシロも興味深げなのかもな」
フェンリルってのは警戒心が強いため、滅多に確認されないと聞いたことがある。
戦闘力も高く、番いでドラゴンを狩ったりもするらしい。
これは教えてもらえる内容にも期待出来そうだ。
「お願いします! 俺もアリーゼ姉さんとリルのように、シロと意思疎通をしたいんです! やり方を教えて下さい!」
「もちろんいいわよ。ロイドならきっと出来ると思うから」
「本当ですか!?」
「えぇ、そうね。まず大切なのは……」
たっぷり溜めた後、アリーゼはにっこりと笑った。
「――愛よ!」
一瞬の沈黙。
アリーゼは言葉を続ける。
「私思うの。愛こそが言葉の通じない私たちを繋ぐ絆なんだって。どんな魔獣だって、こちらから愛を与えてあげれば絶対に分かり合えるわ!」
目を輝かせながら揚々と語るアリーゼを見て、エリスは疲れた顔でため息を吐く。
「はぁ、アリーゼ様は生まれつき勝手に動物が寄ってくる寄せ餌のような方です。そんな特殊事例など参考になるはずがないでしょう」
「寄せ餌!? ちょっとエリス、それはひどいわ!?」
「本当の事です」
二人は言い争いを始めた。
言い争いというかじゃれ合いというか、この二人は姉妹のようである。
「難しい事なんて必要ないわ。フワーッとしてパァーっとすればいいのよ。ねぇリル。私の思い、私の言葉、よく伝わるでしょう? ……ほらっ!」
「ウォン!」
リルはそうだとばかりに頷くと、アリーゼに頭を擦り付ける。
アリーゼが手を広げ楽しそうにくるくる回ると、その周囲に鳥や兎などの小動物が集まってきた。
まるで花でも浮かんでいるような空気、メルヘンでファンタジーな絵本みたいである。
エリスはそれを見てドン引きしていた。確かに寄せ餌だ。
絶句していたグリモが、ようやく口を開く。
「……ロイド様、ありゃあダメですぜ。よく言えば天才肌、悪く言えばお花畑でさ。まともに話の出来るタイプじゃねぇですよ」
酷いこと言うなお前。まぁ概ね同意見だけど。
確かにアリーゼは理屈的な話が出来るタイプではない。
ただ、それでもやりようはあるのだ。
「なるほど、大体わかりました。アリーゼ姉さん」
「な……っ!?」
俺の言葉に、エリスとグリモが驚いている。
アリーゼは顔をぱあっと明るくして、俺の手を取りブンブンと振った。
「ええっ、そうよロイド! 愛なのよ!」
愛、かどうかはともかくとして、アリーゼから漏れる魔力を見ていてわかったことがある。
アリーゼはリルに命令を与える時、自身とリルの頭を魔力で繋げているのだ。
そうやって自分の思考を読み取らせているのだろう。
無意識に魔力の性質変化をしているのだろうが、なるほど盲点だった。
あの方法ならリアルタイムで自分の思考をイメージで伝えられる。
命じるのでなく、共有するのだ。
そしてイメージなら得意である。
「シロ!」
俺は同じように魔力を伸ばして、シロの頭に繋げる。
そして俺はシロにそうして欲しいよう、念じる。
シロはハッと目を丸くすると、駆け出した。
そして俺たちの周りを大きく回り始める。
一周、二周、そして三周回り、
「オンッ!」
と元気良く吠えた。俺の思った通りに、である。
よし、俺の目論見通りだ。
「う、嘘でしょう? あのアリーゼ様の説明で理解したのですか……?」
エリスが目を丸くしている。
「うんうんっ、すごいわロイド! 流石私の可愛い弟! 愛ねぇー!」
「いえ、絶対違うと思いますよ」
「違いませんよぅーだ」
二人はまた言い争いを始めてた。仲がいい事である。
まぁもう用は済んだし、長居は無用だ。
行くとするか。
「それじゃあアリーゼ姉さん。ありがとうございました」
「ええっ!? もう行っちゃうの!? 折角だしお茶を飲んでいきなさいな!」
「いえ、今は喉が渇いていないので!」
「ああん、ロイドーっ!」
俺は手を振り、アリーゼに別れを告げる。
涙ぐむアリーゼの横で、エリスが何やらブツブツ言っている。
「今しがた、ロイド様が使われたのは魔獣使いの技……! アリーゼ様の力は天性の才によるもの。自覚がないが故にアンコントローラブルですが、ロイド様は確実に自覚して使われていた。しかも他の魔獣使いはアリーゼ様の前ではまともにコントロール出来なくなっていたのに、あれほど見事に……このままアリーゼ様を超える魔獣使いの技を習得していただければ、集まってくる動物たちを追い払っていただけるかもしれません……ここが動物だらけなせいで他のメイドたちは怖がって近寄りもしないし、餌やりや世話も大変。おかげで私の休みはなく、ショッピングやカフェに行く暇もなし……えぇ、そうですとも。ここは是非ともロイド様に頑張っていただかねば!」
何か強烈な念を感じ振り向くと、エリスが期待を込めたような目で俺をじっと見つめている。
「ロイド様、またいらしてください! アリーゼ様はもっと色々な事を教えられるようですよ」
「まぁ! ナイスだわエリス! えぇそうよロイド、私はもっと沢山の事を教えてあげられますから! だからぜひまた来てね!」
確かに、魔獣使いの技がこれだけなはずがないよな。
また何か疑問が生まれたら聞きに来るとしよう。
……あまりまともな返事は期待できないけどな。
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