第33話魔人が襲ってきました②

 うぐぐ……身体が痛くて思ったように動けない。

 シルファの全力をコピーしたからだろう。

 あと若いからすぐ筋肉痛が来たんだろうな。なんせ十歳だし。


「き、筋肉痛……っすか……」

「うん、これ以上の運動は控えた方がいいだろう」


 そう言って腕をマッサージする。

 あまり無理すると治りが遅くなるもんな。

 そんな俺を見てグリモは何故か呆れた様子だ。


「ぐぐぐ……ふ、ふざけおってぇぇぇぇ!」


 そんな俺へ繰り出されるパズズの打撃、打撃、打撃。

 魔力障壁が痛々しい軋み音を上げていた。

 やはりかなりのパワーである。


「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど、そんなに強いのに何故魔獣を集めてたんだ?」

「知れたこと! 我一人が強くなるより、部下を集めた方がより効率的に戦力を増大出来るからよ!」

「強くなる為に仲間を増やしたってことか?」

「あぁそうだ! 苦労と努力を重ねた日々だった! わざわざ魔獣の住みやすい環境を整えてやり、扱いやすくなるよう躾も繰り返した! 面倒極まりない作業だったがそれもようやく、ようやくこれからという時だったのに! 貴様のせいでぇぇぇぇ!」


 がつん! と怒りに任せた一撃で、俺の身体は宙に飛ばされる。

 強烈な一撃により、魔力障壁は粉々に砕け散った。


「くたばれぇっ!」


 だが放たれた魔力波は、俺の眼前で消滅した。

 俺の前に張られた透明な壁を見て、パズズは舌打ちをする。


「チィ……また魔力障壁か。だがそんなもの何度でも破壊して……っ!?」


 左右を見渡したパズズが言いかけた言葉を飲み込む。

 展開したのは魔力障壁ではなく、結界だ。

 空間系統魔術『次元天蓋』かなり魔力を食うので短時間しか持たないが、あらゆる攻撃を通さぬ次元の壁。

 それでパズズを包み込んだのだ。


「ん、そういえば……」


 俺はふと思い立つ。

 グリモは魔人に魔術は効かないと言ってたが、結局効くのか効かないのかどっちなのだろう。

 魔人と遭遇する機会なんてそうはないだろうし、試してみるべきだよな。


「二重詠唱――」


 俺は右手の口を開き、呪文の詠唱を開始する。

『震撃岩牙』『大潮海牙』『焦熱炎牙』『烈空嵐牙』。

 土水火風、基礎四系統最上位魔術を順繰りに百復唱。

 高速術式を展開し、本来の三倍速にて編み込んでいく。


「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」」


 一呼吸に七つ紡がれる呪文束、それを二つの口で同時に唱えていく。

 術門が無数に並び、結界内がまばゆく輝き始めた。


「な、なんだその高速詠唱は……! あれ程の密度を持つ呪文束を間断なく編み込んでいるだと……!? ぐうっ! あ、頭が痛くて割れそうだ……!」

「いくぞ――」


 そして、術式を解放する。

 術門が開き、そこから放たれる無数の魔術。


「ぶ――ッ!?」


 パズズの声が一瞬聞こえたが、結界内部に吹き荒れる破壊の奔流ですぐかき消されてしまった。

 1秒に1サイクル、1分で240回の最上位魔術の連続魔。

 以前、グリモにやったのと同じ攻撃だ。


「……ん?」


 数秒後、異変に気付く。

 結界内の手ごたえがなくなっている。

 俺は術式を消し、結界を解除した。

 モクモクと上がる煙の中からミイラのように干からびたパズズが湖に落ちた。

 パズズのミイラはわずかに口を動かしながら、ぷかぷかと浮いている。


「ぅ……ぅ……」


 そんなパズズを見下ろし、グリモが笑う。


「へっ、あれだけデカい口叩いた割に随分あっけなかったなぁ?」

「こらこら、煽るなよグリモ」


 ていうかお前もたいがいデカい口叩いていただろ。

 でもグリモは30分くらい耐えてたっけ。まぁあまり変わらないか。


「しかし結局ダメージ受けてるじゃないか。本当に魔人に魔術は効かないのか?」

「普通はそうっす。ただ半分精神体である魔人には、音や光などで感じる不快感がそのままダメージとなるんですよ。ほんの僅かですが、それを続けて浴び続けると……」

「こうなっちゃうわけか」


 音や光でダメージを受けるなんて、意外と繊細な奴らだな。

 魔人って意外と大したことないのかもしれない。

 ……ん? パズズが何か言ってるな。

 俺は干からびたパズズをひょいと摘まみ上げる。


「な、何故だ……我の努力が……こんなにもあっさりと……何故、勝てぬ……」

「パズズ、お前はずっと大変だったーとか苦労したーとか言ってたけどさ、そういうのもっと楽しんでやった方がいいよ」

「たの……しんで……?」

「うん、だって楽しくないのに無理してやっても、身につかないだろ。それにそういう気持ちは配下の魔獣たちにも必ず伝わる。伝わればそんな奴の命令なんて聞きたくないよ。お前自身がもっと楽しんで魔獣たちと接していたら、俺がちょっとくらい魔力を与えても寝返らなかったと思うぜ」


 ほんの少し対峙しただけだったが、パズズの魔獣たちへの態度はけして良いとは言えなかった。

 俺が魔力を与えたのは単なるきっかけで、いつ叛意を向けられてもおかしくはなかったろう。


「ていうか強くなりたかったのなら、身体を鍛えるならなんなりやりようはあったんじゃないか? 面倒な思いをしてまで部下を集めるより、余程効率的だろ」


 楽しいから苦も無く続けられるのである。

 パズズは戦闘スタイルからして、肉弾戦が得意なタイプ。

 部下を集めて命令を出すより、身体を鍛える方が性に合ってそうだしな。

 俺が寝ても覚めても魔術をやってられるのも、純粋に楽しいからだ。


「魔術の修行は俺様もやってきたが、そう楽なもんじゃねぇ。血反吐を吐き、地味な反復をし、努力を重ねて少しずつモノにしていくもんだ。それをロイドはそりゃもう楽しそうにやりやがる。毎日、常時、今までも、これからもだろう。……そんな奴に努力だなんだと言ってる奴が勝てるわけがねぇ……!」


 グリモがブツブツ言っているが、吹きすさぶ風の音でよく聞こえない。

 俺の言葉に、パズズは苦笑いを浮かべる。


「く、ふふ……我の敗因は、楽しめなかったことか……全く無茶を言ってくれ、る……」


 そう言い残し、パズズの身体は砂のようにさらさらと消滅していった。

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