第31話魔人が狼狽えてます

「チィ……子供だから呼吸量が少なく、それで効いていないのか? ……ならば直接喰らうがいいっ!」


 パズズは大きく息を吸い込むと、真っ黒な煙を勢いよく吐き出してきた。

 もくもくと黒煙が俺を包み込む。


「わっ! けむっ!」


 目を閉じ、パタパタと手を振るって払う。

 ったく変なもん吹きかけやがって。びっくりするじゃないか。

 しかもなんか変な匂いがするし。

 歯を磨いてないんじゃないか?

 俺がせき込みながら煙を抜けると、その先ではパズズが驚愕の表情を浮かべていた。


「なん、だと……?」

「なんだとじゃないよ。いきなり何するんだお前」


 ため息を吐く俺を見て、パズズは息を呑んでいる。


「き、貴様……我が魔力を食らってなんともないのか?」

「ん? 別にどうもないけど……」


 さっきから何を驚いているのだろう。もしかしてなにか攻撃でもしてたのだろうか。

 そういえば何か甘い香りがするような……?

 首を傾げていると、グリモがぐぱっと口を開けた。


「はっはー! テメェのクセェ息なんて効かないとよ!」


 俺の掌――グリモを見たパズズは驚いたのか目を丸くした。


「ぬ……お前は魔人か。何故人間の掌にいる」

「う、うるせぇな! テメェにゃ関係ねーだろ! こっちにゃこっちの都合があるんだよ!」

「……ふむ、そうかなるほど。お前はその人間の使い魔となっているのか。大方復活の際に隙でも突かれて、強制的に従魔契約を強いられたのであろうが……人間如きに使い魔にされるなど魔人の風上にも置けん。全く以って嘆かわしい。同じ魔人として恥ずかしいぞ」


 へー、そうなのか。

 確かに本に閉じ込められていたのだから、グリモも本調子じゃなかったんだろうな。


「だが我はそのような油断はせぬ! 万全を期して復活し、盤石の備えで動いているのだ! 見たであろう我が軍勢を!」


 おお、そうだ。群れないはずの魔獣をどうやって集めたのだろう。

 すごく気になった俺は思わず尋ねる。


「一体どうやってこんな数のベアウルフを集めたんだ?」

「くふふ、知れたこと。本来は決して群れぬ魔獣どもをこの森に集める為、餌となる鳥獣たちを我が魔力を餌に大量に集めたのだよ! そうすれば魔力と餌に溢れたこの地に魔獣が集まってくる……その中で生まれた番の親を殺し、子だけを集め育て上げたのだ! 本来は群れぬはずの魔獣だが、幼獣の頃から集団で育てればそれが普通となるのだよ。まぁおかげでかなり苦労させられたが、その甲斐あって見よ、この軍勢を! これだけの魔獣を相手に勝てる者など存在すまい! くはははははははは!」


 親を殺し、子供を攫って小さい頃から調教するとは……何という悪い奴だ。

 俺でもそんな事はやらないぞ。

 大笑いするパズズを見て、グリモが声を上げる。


「あー、その、ちょっといいか?」

「なんだ? 間抜けな魔人」

「お前さん、それいつからやっているんだ?」

「ざっと百年だな。我ながら苦心苦闘させられたぞ」

「そりゃ、そうだろうなぁ……」


 グリモは呆れた顔でため息を吐いている。

 100年、気の遠くなるような話である。

 魔人であるグリモから見ても凄い事なんだろう。


「準備を終えた我は念には念を入れ、手始めに村を襲わせた。そうすればこの国の軍が出てくるだろうからな。それに勝利すれば我が軍勢の力は証明される……そして完膚なきまでに勝利した! 倒れぬ魔獣相手に貴様らはなす術がなかったであろう! 今こそ侵攻の準備は整ったのだ! ふはははははは!」


 高笑いするパズズを、グリモは鼻で笑った。


「おいおい、完膚なきまでに叩きのめした、だと? どう見てもここに一人残っているじゃねぇか」

「む? ……あぁそうだな。ひ弱な子供と、その使い魔がな。問題ない。すぐにすり潰してやる」


 パズズが手を上げると、ベアウルフたちが俺たちを取り囲む。

 目を血走らせ、唸り声を上げていた。


「さぁ行け! そやつらを喰い殺すのだ!」

「ガオオオオオッ!」


 飛びかかってきたベアウルフたちが、鋭い爪と牙を俺へと突き立てようとしたその瞬間である。

 ベアウルフたちは俺への攻撃を止めると、そのまま着地し俺の足元へ伏せた。


「きゅーん」「きゅきゅーん」


 そして鼻を鳴らしながら、擦り寄ってくる。

 尻尾をぶんぶん振りながら、あおむけになり腹を見せている者もいた。

 十数匹いたベアウルフたちは皆、俺の周りでじゃれついてきていた。


「な、何……? おい貴様ら何をしている!? 早くそやつを殺すのだ!」

「ウウウ……!」


 パズズが命令するが、ベアウルフたちは俺のそばから離れようとはしない。

 それどころか敵意に満ちた目でパズズを睨んでいた。


「――ふむ、こんな感じかな?」


 俺は手のひらから魔力を生み出しながら、呟く。

 俺の周囲を白い煙のような魔力が包んでいた。


「……ロイド様、一体何をしたんですかい?」

「さっきからやっていた魔力の性質変化だよ。昼に食べた肉の味や匂いを強くイメージして、発動させたんだ」


 さっきのシルファの料理、美味かったもんなぁ。

 思い出しただけでヨダレが出てくる。

 ベアウルフたちも気に入ったようで、心地好さそうな顔で浴びていた。


「グォォォォァァァァァ……!?」


 パズズが入っていたベアウルフも、悶え始めた。

 どうやら俺の放つ魔力を吸い込んだようである。


「お、おい! 貴様までふざけるなよ!? やめろ! 吐き出すな! くっ、ぐおおおおおおおっ!?」


 ベアウルフはヨダレをぼたぼた垂らしながら、口から黒いモヤを吐き出していく。

 モヤは人型に固まり、パズズとなった。

 おお、あれが本体か。

 パズズを吐き出し終えたベアウルフは、俺の元へ駆け寄ってきた。


「くーん、くーん」


 そして尻尾を振りながら俺の周りをくるくると回っている。可愛い。


「はぁ、はぁ……ぐっ、馬鹿な……こ、こんなはずでは……!」


 残されたパズズは苦悶の表情を浮かべ、息を荒らげている。


「許さん! 許さんぞぉぉぉ! このクソガキが! 我が魔獣帝国の邪魔をしおって! ズタズタにしてくれる!」


 辺りを漂っていた黒いモヤが、パズズへと集まりその身体を包み込む。

 空気が震え、俺にくっついていたベアウルフたちが警戒心を剥き出しにした。


 モヤを取り込んだパズズの魔力がぐんぐん上がり、魔力もどんどん増していく。

 パズズは、銀の毛と漆黒の翼を持つを持つ巨大な猿へと変貌した。

 決まった実態を持たないが故の変貌、全ての力を出し尽くした真の姿とでもいうべきか。

 最初とは内包する魔力量が段違いだ。


「――殺す」


 巨大化したパズズは短くそう呟いて、俺に飛びかかってきた。

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