第30話魔力の性質変化をやってみました

「燃え盛る炎、舞い踊る炎、降り注ぐ炎、等しくすべてを滅ぼす炎よ。来たれ、来たれ、来たれ――」


 アルベルトが詠唱を開始する。

 あれは火系統最上位魔術『焦熱炎牙』の詠唱だな。

 確かアルベルトは上位魔術まで使えなかったはずだが、いつの間に身に着けたのだろうか。

 ただ呪文束を使っての高速詠唱までは出来ないのか、通常の詠唱である。


 呪文が紡がれるたび、アルベルトの周囲に魔法陣が生まれていく。

 美しい文様が鮮やかに浮かんでは消えていく。

 呪文束だとそういうのも全て省略されるからちょっと味気ないんだよな。

 とはいえフル詠唱だとかなり長かった記憶がある。

 詠唱完了までのその間、タオとシルファがパズズを抑え込むという手はずなのだろう。


「はあっ!」「いやーっ!」


 二人の攻撃はまともに通ってない。

 いや、多少の傷は与えているのだが、すぐに癒えてしまっている。

 どうやら半分精神体である魔人には物理的なダメージは通りにくいようだ。


「ロイド様、いくら最上位魔術だろうが、魔人である奴には効きませんぜ!」

「そういや以前にそんなこと言ってたな。その割にすぐ参ってたけど」

「そりゃあんなもん喰らったらねぇ!?」


 結局どっちなんだよと内心ツッコむ。


「まぁいいや。それよりグリモは魔力の性質変化って得意な方か?」

「ってまだその話続いてたんすかい!?」


 まだとはなんだまだとは。

 最優先事項だろうが。


「はぁ、そりゃ魔人は魔力の性質変化は得意っすからね。やり方くらいはわかりやすが……流石にあの人たちを放置して教えるのはマズいんじゃないっすかね?」


 グリモが戦闘中のアルベルトらに視線を送る。


「大丈夫だよ。少し前から治癒魔術をかけているからな」


 向こうが回復するならこっちもだ。

 皆には先刻、魔力刻印を飛ばして付けておいたのだ。

 これは魔術を自動で当てるマーキングのようなもので、一度付けておけばわざわざ狙い直す必要もなく魔術の対象と出来る。

 かけているのは治癒系統魔術『回復呼吸』、呼吸の深さに応じて少しずつ傷を癒すというというものである。

 長い間、じわじわと回復するため魔力刻印と相性が良い。あと俺がやったとバレにくいし。

 治癒系統の魔術は全てかなり上位の魔術なのでバレると面倒だ。


 傷つき倒れていた者たちも、しばらくすると傷が治り立ち上がる。

 うん、これならそう簡単には倒されないだろう。


「てなわけで話の続きだ」

「はぁ、わかりやした……おほん、魔力の性質変化とは、術式ではなく魔力を生み出す際に行うんですよ。ただ魔力を出すだけでなく、手を加えれば性質も変化させられるんです」

「へぇ、それは考えた事もなかったな」


 魔力を生み出すのなんて、ただ漫然とやっていた。

 思えばグリモの使ってた古代魔術が色を変えたり魔力波の形状を変えたりしていたのは、術式ではなく性質を変化させていたのか。

 無意味だと思ってたが、やっぱり魔術は奥が深い。


「まずは色の変化から始めるのが基本です。やってみますかい?」

「もちろん」

「魔力の性質変化はイメージが大事でさ。色のついた魔力を強く想像するんです。とはいえ一朝一夕で出来るもんでは……」


 イメージね。姿を変える魔術『模写姿』みたいなものか。

 だったら得意だぞ。イメージイメージっと。

 俺は青色を強くイメージし、手のひらから魔力を生み出していく。

 すると淡い青色の魔力が溢れ出してきた。


「おおっ! これが魔力の性質変化ってやつか?」


 赤、白、緑、思うように色を変えていく魔力。こりゃ面白い。

 俺がはしゃいでいると、グリモは驚愕の表情を浮かべている。


「な……き、聞いただけであっさりと……!?」

「動かしたりとかも出来るな。あまり意味はなさそうだけど……」


 生み出した魔力に動けとイメージを送ると、ぐねぐねと色を変えながら動いていく。

 グリモは俺が自在に動かしているのを見て、あんぐりと口を開けていた。

 なるほど、パズズはこれに匂いや味を加え、魔獣好みにしているんだな。


「――焔よ集いて全てを噛み砕く牙となれ。……『焦熱炎牙』っ!」


 なんて事をしていると、アルベルトの詠唱が終わったようだ。

 すぐ気づいたシルファとタオが、パズズから距離を取る。

 直後、燃え盛る無数の炎がパズズらへと降り注いだ。


「ガアアアアッ!?」


 広範囲に渡る炎が周囲を焼き尽くし、ベアウルフらは悲鳴を上げながら、次々と倒れていく。


「やったね! すごい威力よ!」

「流石はアルベルト様です。これなら奴も立ち上がっては来れないでしょう」


 二人は喜びの声を上げる。

 反対にアルベルトの表情は曇っている。


「そう、だといいがな……」


 がくり、と膝を突くアルベルト。

 呼吸は乱れ、全身に力が入らないのかガクガクと震えていた。

 魔力切れの症状だ。顔色が青くなっている。


「アルベルト様っ!?」

「大丈夫あるか!?」

「はは……全ての力を出し尽くしてしまったな……魔力が限界だよ。これで生きていたら、もうどうしようもないね……」


 力なく笑うアルベルトを支えるタオもシルファも、既に疲労困憊といった具合だ。

 治癒の魔術では数は癒せても魔力や疲労までは癒せないからな。

 当然近衛たちも立っているのがやっとの様子である。

 全員が祈るような顔で炎を見据える中――


 ――ずしん! と地面が揺れた。

 炎の中でゆらりと巨大な影が揺らめく。


「くくく、くふふふふふ……人間にしてはやるではありませんか」


 炎をかきわけ、現れたのは傷ひとつないパズズだ。

 後ろにはよろめきながらも立ち上がりつつある、ベアウルフたちもいる。

 その姿を見た全員の顔が絶望に染まる。


「ば、馬鹿な……?」


 驚愕の顔を浮かべるアルベルトを見て、パズズはにぃと口角を上げる。


「甘いですねぇ。我は魔人。人間の魔術など効かないのですよ」


 パズズが嗤うと、黒い吐息が吐き出される。

 気づけばそれは辺りを包み込んでいた。


「う……!?」「ぐっ……!」


 近衛たちが呻き声を漏らし、倒れていく。

 タオもシルファもだ。

 皆バタバタと倒れ伏していく。


「くははははっ! 我が魔力を吸い続けた者は何者であろうと自我を失い、操り人形となるのですよ! 人間にしては持った方ですがそれもここまで。安心しなさい。これからは我が下僕として使ってあげましょう!」


 大笑いしていたパズズだが、すぐにその顔が強張る。

 視線は真っ直ぐ、俺へと注がれていた。


「ば、馬鹿な!? 何故我が魔力を吸い込んで意識があるのだ!」

「え? さぁ……」


 狼狽えるパズズに、俺は首を傾げて返した。

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