第29話魔人と魔獣が襲ってきました

「なぁグリモ、あれって俺がお前に身体を貸しているようなもんか?」

「こっちは完全にロイド様主導なんで全然違いやすよ!! 言うなら自分は付属品のようなもんでさ。……あっちはパズズの野郎が魔獣の身体を乗っ取ってるんですな」


 魔人の身体は実体がないので他の生物の身体と一体化出来るらしい。

 グリモが俺の右手に入っているように、パズズも魔獣の身体に入っているのだろう。

 ただ向こうの主導権は完全に奴にあるようだ。

 巨大ベアウルフ――パズズが唸り声をあげながら、こちらに歩み寄ってくる。


「さぁ、立ち上がるよい! 我が眷属たちよ!」


 パズズの言葉で、今まで倒れ伏していたベアウルフたちに眼光が宿る。

 ゆっくりと立ち上がるベアウルフたちの身体には、うっすらと黒いモヤのようなものがまとわりついていた。

 ――あれはパズズの魔力か。


 魔獣とは魔力を持った物質を喰らい、強く大きくなった獣だ。

 そうして魔獣となった獣はより強くなるために魔力を帯びたものを好んで食すようになる。

 パズズは自身の魔力を与えて傷を負った魔獣を回復させているのだろう。

 確か魔獣使いなどはそうして魔獣を操っていると書物で読んだことがある。


「……ふむふむ、実際に見てみるとよくわかるが、あれはただの魔力ではないな」


 魔獣たちの身体が受け入れやすいよう、魔力の性質を変化させているように見える。

 確かに他人の魔力というのは簡単に受け入れられるようなものではない。

 故にその性質を変化させ、受け入れやすくしているのだろう。

 強い魔力を持つ者が近くにいると、かなり気になるしな。

 だから俺は普段は魔力を押さえて活動しているのだが、これが結構疲れるんだよな。

 なるほど、魔力にはああいう使い方もあるのか。面白い。


「ガルルル……」「グゥゥゥ……」


 唸り声を上げるベアウルフに近衛たちは後ずさる。

 立ち上がったベアウルフたちの身体の傷はみるみる塞がり、心なしか大きくなっているように見える。


「ば、馬鹿な……!?」

「倒したはずなのに……」


 倒したはずの魔獣の復活による動揺。

 それを畳み掛けるようにパズズが咆哮を上げる。


「グオオオオーーーッ!」


 それを皮切りにベアウルフたちが突っ込んできた。

 近衛たちも防御を試みるが、既に気迫で負けている。

 その上、更なる巨体であるパズズもいるのだ。

 誰もかれも及び腰である。

 そんな事でパズズが遠慮するはずもなく、大きく振りかぶった一撃が近衛数人をまとめて捉える。


「ぐわぁーっ!?」


 一振りで近衛たちは薙ぎ飛ばされてしまった。

 続いての蹴りを受けようとした近衛の剣がへし折れ、地面に投げ出された。

 一人、また一人とパズズに倒されていく近衛たち。

 ベアウルフと相対していた者たちもそれを顔色を青くする。


「ひいっ! つ、強い……!」

「あれが魔人……と、止められるわけがない……!」


 圧倒的な戦力差に、近衛たちは戦意を失いつつあった。

 戦線は乱れ、蹂躙を待つのみと思われたその時である。

 彼らの間に一陣の風が吹いた。


「――貸りますよ」


 凛とした声と共に駆け抜けたのは、シルファだ。

 その両手には、それぞれ近衛の鞘から抜き取ったであろう剣が握られていた。

 双剣が太陽の光に反射し、キラリと光る。


「ラングリス流双剣術――昇り双竜」


 構えた剣を地に擦らせながら、シルファはパズズに向かって走る。

 二本の線を地面に描きながらパズズの足元に辿り着くと、垂直に跳んだ。

 その昇りざまに繰り出される剣閃。

 両脚から胴、そして肩には剣筋の跡がはっきりと残されていた。


「ぬぐぅっ!?」


 巨体を駆け昇りながらの凄まじい斬撃にパズズは呻き声を上げる。

 とん、とパズズの肩を足場に、シルファは空中で半回転する。

 両手の剣は逆手に握られていた。


「続けてラングリス流双剣術――下り飛鳥ひちょう


 パズズの背に突き立つ双剣。

 ががががががががが! と激しい斬撃を繰り出しながらシルファは着地した。

 目にも留まらぬ見事な剣捌きだ。

 おお、すごい。これがシルファの本気か。


「この……ちょこまかしおってっ!」


 だがダメージはないのか、着地したシルファを狙いパズズの蹴りが放たれる。

 ――しかし、遅い。捉えたのはシルファの残像だった。

 残った足の前には、双剣を十字に構えたシルファがいた。


二虎にこ――爪牙そうが……!」


 上下左右から繰り出される四連撃により鮮血が吹き出す。


「っ!?」


 シルファの顔色が変わる。

 深く食い込んだ一撃にて、剣が折れていたのだ。

 即座に剣を捨てて離脱すると自陣に戻り、ぼそりと呟く。


「……硬いですね。どうか皆さまの持つ剣、私に預けていただけますか?」

「お、おおっ!」


 近衛たちはこくこく頷くと、余剰の剣を集めて地面に突き刺す。

 その数、十二本。やや心許なさそうにそれを見るシルファだが、すぐに気を取り直し剣を抜く。


「サルーム王国給仕係兼剣術指南役、シルファ=ラングリス。推して参る――!」


 シルファの構えた双剣が、冷たい光を放っていた。


「ぬぅ……女風情が……」


 パズズがシルファに釘付けになっていた、その時である。


「すーーー……っ!」


 深い呼吸音。

 その足元には両手を交差させる小さな影があった。タオだ。

 腰を低く落とし、構えた両掌を捻るようにして打ち出す。


「はっ!」


 ずずん! と重低音が響く。

『気』を込めた一撃

 衝撃波がパズズの足に走り、その巨体がよろめき倒れた。


「――『震雷破』、動作が長くて当てにくいけど威力はピカイチね」


 タオはにっと笑うと、倒れたパズズに向けて手のひらを返し、くいくいと手招きをした。


「百華拳八代目当主見習い、タオ=ユイファ。かかってくるある!」


 二人の攻撃を見た近衛たちの表情が変わる。


「お、俺たちもやるぞ!」

「そうだ! 男を見せる時だ!」


 震える手に剣を握り締め、ベアウルフらに向き直った。

 どうやら気を取り直したようである。

 それを見たアルベルトが、覚悟を決めたように頷く。


「皆、もう少しだけ持ち堪えてもらえるか……」


 そしてパズズを見据え、言葉を続ける。


「最上位魔術を使う……!」


 ……なるほどなるほど。

 そんなことより魔力の性質変化ってどうやるんだろ。

 俺は興味津々に、パズズの放っている魔力をじっと見ていた。

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