第8話魔人が使い魔になりました

「お、俺様の黒閃砲を受けて無傷、だと……?」

「あぁ、魔力障壁くらい張れるから気にしなくていいよ。じゃんじゃん見せてくれ」


 驚くグリモワールに言葉を返す。

 やはり攻撃魔術は実際に受けてみないとわからない事も多いからな。うんうん。

 グリモワールもそれを理解しているから、いきなり俺目掛けて放ってきたのだろう。

 少しびっくりしたがよく考えたら俺は常に魔力障壁を複数待機発動させており、ある程度以上の衝撃には自動で展開するよう制御してある。

 そこまで察していたのだろう。流石は魔人、よくわかっているな。

 グッジョブだぞグリモワール。


「ぐ、ぐぐぐ……ふ、ふざけやがって……!」


 だがグリモワールは何故か拳を震わせ、歯嚙みをしている。

 一体どうしたのだろうか。


「なぁグリモワール、何をしてるんだい? 早く次を頼むよ」


 俺が急かすと、グリモワールは髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。

 そして憎々しげに俺を睨みつけてくる。

 ……俺、何かした?


「チィ……あぁクソ、いいぜ! そこまで言うなら見せてやる! 俺様の魔術の真髄をなぁ!」


 グリモワールは声を荒らげると、広げた右手を俺の前にかざしてきた。

 見れば掌には一本の線が入っており、ぐねぐねと蠢いている。

 そして、線が開いた。中から出てきたのは赤い舌と鋭い歯――つまり口である。


「二重詠唱――」


 そう呟くと、グリモワールは二つの口で同時に違う魔術の詠唱を始めた。

 おおっ、魔人というのはあんなことも出来るのか。


「「塗りつぶせ、黒く、黒く、黒く、貫き抉れ我が刃――」」


 ワクワクしながら詠唱完了を待っていると、グリモワールの身体が眩く光り始める。


「――くたばりやがれぇぇぇぇぇ!! 螺旋黒閃砲ッ!」


 轟、と吹き荒れる魔力の奔流。

 その圧に押され、俺の身体がほんの少し後ろへ流された。

 放たれた二重の黒い魔力波が螺旋を描き俺へと迫る。

 魔力波は俺の自動展開した魔力障壁と激突し、凄まじい衝撃を発した。


「ぐ、っぐぐぅ………! 貫き、やがれぇぇぇぇぇ……っ!」


 グリモワールは何かすごく力んでいる。

 それにより少しずつ出力が上がっているように思える。

 もちろん俺の魔力障壁には傷一つ入らないが、気合いで威力が上がるってのは面白い。


 それにしても……螺旋なんとかだっけか? わざわざ螺旋を描くよう制御しているのか。

 何か意味があるのかな。ただの魔力波にしか見えないが……うーん魔力障壁越しじゃわかりにくい。

 直接触れてみよう。俺は魔力障壁から指を出し、魔力波にそっと触れてみた。

 ばちん! と爆ぜる音がして、衝撃波が吹き荒れる。


「はっはーーーっ! 俺様の螺旋黒閃砲を生身で受けたな!? テメェは終わりだ! 爆ぜ飛びやがれぇぇぇ!」


 グリモワールが何やら咆哮を上げているその間、魔力波は俺の指先でとどまっている。

 魔力波を停止させ、その構造を見ているのだ。


 ……ふむふむ、螺旋であることにも黒色であることにも特に意味はない、か。

 それでも威力は上がっているのは、いわゆる気の持ちよう、というやつである。

 怒りなどの感情の昂ぶりや思い込みなどで魔術の性質が変わるというのは往々にしてある。

 とはいえそれは良い事ばかりではなく、時には反動を生む。

 なので一時期からはあまり推奨されなくなったのだが……古代魔術はそちら方面で進化していたのかもしれない。

 それでここまで威力が出せるというのも面白い。


「っと、時間切れか」


 停止させていたことで術者からの魔力供給が断たれ、魔力波は消滅してしまった。

 まぁ観察は十分か。そこまで複雑なものでもなかったし。

 消えた魔力波の先で、グリモワールは驚愕の表情を浮かべている。


「ば、ばかな……俺の最大威力の魔術だぞ……?」


 何だかびっくりしているな。

 それにしてもあれで最大威力か。それなりではあるが……うーん、あまりレベルが高いとは言えないな。

 古代魔術はあまり攻撃性の高いものじゃないのかもしれない。


「あぁ、攻撃の方はもう大丈夫、わかったからさ。次は他のを見せてくれよ」

「他の……だと……?」

「うん、何でもいいけど……そうだね、防御魔術とか。あぁ、俺が攻撃すればわかりやすいかな」


 そう言って俺は、右手をかざし魔力を集めていく。

 とりあえず普通の上位魔術からいってみよう。


「――『炎烈火球』」


 極大の炎を指先に集め、グリモワール目掛けて放つ。


「ぬわあああああっ!?」


 炎が命中し、グリモワールは悲鳴を上げた。

 あれ? なんで魔力障壁で防御しなかったのだろうか。


「お、おいグリモワール。大丈夫か」


 慌てて声をかけると、炎の中で影が揺らめいた。

 見ればグリモワールの身体には、やけど一つ付いていない。


「ク、クク……驚かせやがって……だが魔人である俺様を魔術で倒すことはできねぇよ! 残念だったなぁ!」

「えっ、そうなのか!?」

「あぁそうさ。神官どもが使う神聖魔術なら少々のダメージは受けるがよ、たかが魔術師如きが俺様を倒す術はねぇ! 残念だったなロイド、俺様を復活させた時点でテメェは詰んでたのさ……ぶっ!」


 今度は『滝烈水球』をぶつける。

 滝のような水撃を喰らいながらも、グリモワールは確かにダメージを受けているように見えない。


「は、話を聞きやがれ……無駄だと言っているだろう……がふぁあっ!?」

「すごいな。本当に効いてないのか」


『地烈土球』を放ちながら呟く。

 岩石に押し潰されながらもグリモワールは平気そうである。

 これは驚きだ。魔人って本当に魔術が効かないのか!

 一体どこまで効かないんだろう。知りたい、試したい。


「お、おい待てテメェ。何キラキラした目を向けてきやがる!? ちょ、やめろって! オイコラァァァァ!」


 俺は、思いつく限りの魔術をグリモワールにぶつけるのだった。


 ■■■


「すみませんでしたぁぁぁっ!」


 俺の目の前で、グリモワールが両手を地面に突いた。


「おいおい。いきなりどうしたんだよ。土下座なんかしてさ」

「許してくだせぇロイド様! もう悪さはしねぇ! だから、なっ!? 頼むよっ!」


 涙を流しながら訴えてくるグリモワール。

 ちょっと攻撃魔術を数百回ぶつけただけなのだが……よくわからん。


「なんでもいいが早く続きをやろう。俺はもっと古代魔術が知りたいんだ」

「ひぎぃ!? ま、待ってくれ! もう身体がもたねぇよ!」

「えーそうなのか? でもまだ全然物足りないんだが……」


 俺の言葉にグリモワールは何故か青ざめると、ざざっと後ろに下がり、地面に頭を埋め込むほどの勢いで頭を下げた。


「このグリモワール、ロイド様に誠心誠意尽くすことを誓います! 使い魔にでも何でもなります! だからお願いだ! もう勘弁してくだせぇっ!」

「使い魔、か……」


 よくわからないが、そこまで言うなら今日はこの辺でやめてもいいかな。

 使い魔になってくれるなら魔術の実験はいくらでもできるし。

 ……うん、悪くない。

 俺はにっこり笑うと、グリモワールに手を差し伸べた。


「わかったよ、じゃあ俺と契約するか?」

「へいっ!」


 俺の差し出した手にグリモワールは縋りつく。

 眩い光が俺たちを包み、契約が完了した。


「……くそぉ、このグリモワール様が人間の使い魔になるとはなんたる屈辱……だがこいつの実力は半端じゃねぇ。十分な信頼を得た後に上手くそそのかして利用してやれば、俺が世界を影から牛耳る事だって可能。くひひ、その時までの辛抱だぜぇ……!」

「ん? 何ブツブツ言ってるんだ?」

「い、いいえなんでも! なんでもありやせんぜ! ロイド様!」


 慌てふためくグリモワール。

 何だか情緒不安定な奴だな……まぁいいか。

 ともあれこうして、グリモワールは俺の使い魔になったのである。

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