第7話魔人の封印を解きました

「どうした、何を戸惑っていやがるよ? どうせあと数年で破れる封印だ。テメェも魔術師なら見ればわかるだろう? どうせ全員ぶっ殺すところを、今壊してくれればテメェの命だけは助けてやろうっていうんだ? 悪い話じゃねぇはずだが」


 グリモワールは俺を見て、ニヤニヤ笑っている。

 まさか俺が首を縦に降ると思っているのだろうか。

 俺の答えはもちろん、決まっている。


「断る」

「な……っ!?」


 驚くグリモワールに言葉を続ける。


「国を滅ぼそうとするような悪い奴を野放しにするわけがないだろ。封印は俺がし直しておくよ。もう千年くらいは壊れないようにね」

「ま、ままままま、待ってくれ!」


 俺が本に触れようとするのを、グリモワールは慌てて止める。


「……悪かったよ。久しぶりに人と話したから、おかしなテンションになっちまったんだ。すまねぇ、謝る。このとーりだ。よく考えたら俺様を封じたのは何百年も前の人間だもんな、この国の人間たちに恨みはねぇ。もちろん殺すわけがねぇ!」


 神妙な顔で言うグリモワールを、俺はじっと見つめる。


「本当に?」

「あぁ、だからよ、封印は解いてくれればお前さんの願いは何でも叶えてやるぜ! そうだロイド、お前さんを大金持ちにしてやるよ! 俺は黄金を生み出せるんだ!」


 そう言って、グリモワールが手を開くと、そこから金の粒が溢れ出す。

 へぇ、生成系統の魔術か。


「どうだい? ロイドが欲しいだけ、いくらでもくれてやるぜぇ?」


 俺は金の粒を摘み上げると、ふむと頷き指で潰した。


「なっ!?」

「……あまりレベルが高いとは言えない生成魔術だね。石塊を無理やり金にしたのかい? 純度が低すぎるし、中身もスカスカだ。これじゃあ駆け出しの商人も騙せないよ」


 そもそも魔術での金の生成は禁じられている。

 というか俺は王子だし金には困ってないんだよな。


「む、ぐぐぐ……だ、だったら不老不死だ! お前さんを不老不死にしてやるよ!」

「悪いが自分の身体に他人の術式を施されるのは好きじゃない。特に不老不死なんて強い術式を人体に編み込むなんて、どんなリスクがあるか分かったものじゃないよ」


 魔術というものは万能ではない。

 低レベルの魔術なら魔力の消費だけでなんとかなるが、あまりに高レベルな魔術は術者や被術者にも負荷がかかる。

 不老不死なんてのは相当上手く術式を編み込んでも、かなり重いリスクを背負うはずだ。

 例えば重度の神経麻痺や、肉体の欠損とか。

 とてもそんな術式をおいそれとは受けられない。

 図星だったのか、グリモワールは顔を歪めている。


「……やはりもう一度封印させて貰うよ。君は危険そうだしね」

「ま、待て! 待ってくれ! 頼むから! 俺は全然危険じゃねぇ! 良い魔人なんだ! 封印されたのだってちょっとイタズラしただけなんだよぉ!」

「うーん、でも嘘言ってるかもしれないしな。やはり封印……」


 俺が本に触れようとした時である。


「な、なら魔術はどうだ……!」


 魔人がポツリと呟いた。


「何百年も前の古代魔術だ! お前さんも魔術師なら興味あるんじゃねぇのか? そいつを教えてやる!どうだ! ロイド!」


 しばし考えこんで、俺は頷く。


「――面白い」


 いまさら言うまでもなく、俺は魔術が好きだ。

 古代の魔術か。伝説によると大地を揺るがし洪水をおこし、海を割るなんてのも聞いたことがある。

 実物はどれほどのものだろうか。是非、見てみたい。

 俺の言葉にグリモワールは、パッと表情を明るくした。


「だろ! だよな! そりゃあそうさ、魔術師にとって未知の魔術は喉から手が出るほどのもんだからな!」

「あぁ、本当に教えてくれるのか?」

「当然だ! だからよロイド、この忌々しい封印を解いてくれ!」

「――そうだな」


 俺は本に手を触れ、頁を開いた。

 既に封印が綻びかけていた事もあり、あっさりと開いた本はパラパラとすごい勢いで捲れ始める。

 その端から頁は炭のように黒く、ボロボロになっていく。

 本の破片が宙を舞っていた。そこへ風が吹き、全てを消滅させてしまう。

 封印は完全に解けた。


「――ク」


 くぐもったような声が部屋に響く。


「くははははははっ! ありえねぇぜこいつはよ! マジで封印を解きやがった!」


 黒いモヤは一箇所に集まっていき、より人らしい形を作り出していく。

 青い肌に額に生えた二本の角、コウモリのような翼に竜のような尾、屈強な上半身、山羊のような下半身……人ならざる姿は魔人と呼ぶにふさわしい。


「こいつはいい気分だ! 歌でも歌っちまいそうだぜ !自由だ! 俺は自由になったんだ! ひゃははははははは!」


 嬉しそうに大笑いするグリモワールに、俺は声をかける。


「そいつはよかったな。……で、そろそろいいか?」

「ん、あぁ。古代魔術の事を教えて欲しいんだったか?」


 グリモワールはにやりと笑うと、右手に魔力を集め始めた。

 おおっ、すごい魔力だ。魔力量だけなら人間と比べ物にならないぞ。

 流石は魔人といったところか。感心していると、グリモワールは右手を俺の方へ向けてきた。

 途端、視界が黒く染まる。

 どおおおおおおん! と大爆発が巻き起こり、もうもうと土煙が上がった。


「――これが黒閃砲だ。どうだい? 中々の威力だろう……まぁ、聞こえているかはわからねぇがよ」


 くっくっという笑い声。――もちろん、ちゃんと聞こえている。

 風を生み出し、舞い上がった土煙を吹き飛ばす。

 俺の姿を見たグリモワールは驚愕の表情を浮かべていた。


「な……ッ!?」

「……うん、中々面白い魔術だ。それが古代魔術なんだね」


 変わった術式だ。現代では使わないような魔力の流れ、構成、成型の仕方、発動方法も独特だ。……とても興味深い。


「もう少し見せてもらえるかい?」


 俺が声をかけると、グリモワールは何故か息を呑んだ。

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