第6話魔人に遭遇しました

 というわけで、その夜俺は城の地下へ向かうことにした。

 信じてくれたアルベルトを裏切るのは少しだけ心が痛んだが、そんな事より禁書である。

 じっくり見て、触って、どんな術式が編み込まれているのか観察したい。

 入ってちょっと見て、すぐ帰れば問題ないだろう。……多分。

 深夜、目を覚ました俺はベッドから起き上がると動きやすい服に着替えて廊下へ出る。


「おっと、見つからぬよう、姿を隠さなければな」


 そう呟いて念じると、空気の渦が俺の身体を包み込む。

 ――風系統魔術、『隠遁者』

 これは風の流れで空気のレンズを使り出し、光の屈折を利用して自分の姿を見えなくする魔術だ。

 不自然な風の動きを作り出すのでそれなりの使い手が近くにいると気取られてしまうが、城の兵士たち相手なら十分機能する。

 ちなみに本来の『隠遁者』は術者が動けば解除されてしまうが、俺のはゆっくり動けばついてくるよう制御してある。

 といってもあまり速く動きすぎると残像のように見えるが、歩く速度なら問題なし。

 道中兵士とすれ違ったが、俺に気づいた様子はなかった。


 道中は順調。あっさりと地下への階段へ辿り着く。

 入り口には特に見張りはおらず、俺は階段を降りていく。

 古い螺旋階段を降りていくにつれ、ピリピリと肌を刺すような感覚に襲われる。

 ――これが結界、か。

 近づくとより分かりやすいな。

 しかもこの結界、外からの侵入を防ぐというよりも中から破られないよう編み込まれているようだ。

 どうやら中にヤバいものがあるのは確定か。


 階段を降り切ると周囲は石の壁で囲まれており、正面には小さな扉があった。

 これが結界の中心か。触れようとすると強い抵抗を感じる。

 まずは結界を解かなきゃだな。

 かと言って力任せに壊すわけにもいかない。侵入の痕跡は残せないからな。

 とりあえず結界を制御し、通過許可を得る形で通過するベストだろう。


「その前に、一応結界を張っておいた方がいいか」


 結界の外側からもう一枚結界を展開しておけば、中で何か起きても安心だ。

 俺が念じると、泡のような形をした魔力が俺を中心に広がっていく。

 ――水系統魔術『滝天蓋』。

 単純な結界能力はもちろん、主に衝撃や音を和らげる能力に特化しており、この中で大爆発が起こっても外に知られる事はない。


 その後、ゆっくりと結界の構成を調べる。

 ……ふむふむなるほど、かなり強固な結界だが、どうやら王族の血かそれに許可を与えられた者であれば、比較的容易に通過許可を得られるようだな。

 結界の制御系統を書き換えて……と、よし。これで問題なく通過できる。

 あとは物理的に鍵を開けるだけだ。

 ――土系統魔術、『石形代』で作り出した鍵を差し込み捻ると、扉はあっさり開いた。


 扉を開けると、部屋の中から異様な空気が漂ってくる。

 様々な色、音、臭いの魔力の奔流……これはすごいな。

 広域殲滅や生命精製、空間転移の魔書なんてのもある。

 こりゃ凄いな。まさにお宝の山だ。


 だが特に気になるのは、奥から発せられる気配。

 一言で言えば甘く芳しい花のような香りに紛れ、禍々しい何かが手招きをしているような感覚だろうか。

 恐らくこれがアルベルトの言っていた禁書だ。


 さて、どうしたものか……なんて考えているうちに、俺の足は禁書の気配いつの間にか部屋の奥へと進んでいく。

 おおっ、これは制御系統の魔術か。かなり強制力が強いな。

 臭いを嗅がせる事で相手の行動力を制限するタイプの術式を編み込んでいるのか。

 恐らく例の魔人が使っているのだろう。

 何も知らない者がこの部屋に入ったら、ふらふらと吸い寄せられるように禁書の封印を解いてしまうだろうな。

 厳重な結界がされているのも頷ける。


 もちろん俺はそうはならない。

 制御系統魔術への対策は簡単だ。身体のコントロールを取られても、落ち着いてこちらから上書きすれば解除できる。

 というわけで自身に制御系統魔術をかけると、身体が自由になった。

 自由になった身体で、改めて書庫の奥へ足を踏み入れる。


「――オイオイオイオイ、イかれてるのか? テメェはよ?」


 重く、響くような声が聞こえた。

 見れば部屋の最奥、真っ黒な本の上にモヤのようなものがある。

 それは人のような形をしており、赤い瞳が爛々と輝き俺を見つめていた。


「俺の支配を逃れてなお、逃げずに向かってくるとはなぁ。よほどの勇敢か、ただの馬鹿か……おっと、名乗り忘れたな。俺様は魔人グリモワール。よろしくな」


 黒いモヤ――魔人グリモワールは俺を見て陽気に笑う。


「へぇ、驚いた。君は本に封じられているんじゃないのかい?」

「ククク……長い年月が経ち、封印がほころび始めているんだよ。だから身体の一部分だけは外に出れるのさ」


 見れば確かにグリモワールが尻に敷いている本はボロボロだ。

 本に編み込まれた封印はボロボロで、いつ効果を失ってもおかしくない。


「なぁ坊主、テメェの名は何と言う?」

「ロイド」

「ふむ、なぁロイド、俺様はあと数年もすれば封印を破り、完全な形で復活し外に出る。そうしたらこの国を滅ぼし尽くすつもりだ。この国の魔術師どもに封じられたわけだからな。俺にはそれをやる資格がある。……だがロイド、今から俺様の言うことを聞いてくれるなら、テメェの命だけは助けてやってもいい」


 そう言ってグリモワールは口元を歪めると、指で本を指し示した。


「こいつの封印を破壊してくれねぇかい?」

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