第5話耳寄り情報をゲットしました
「んー……流石にそろそろ、この本も読み飽きてきたかなぁ……」
俺は開いていた魔術書を読みながら、呟いた。
この本を読み直すのも、もう何十回目だろうか。
魔術書は魔力の込められた文字で書かれており、それを理解することによって魔術の発現が可能となる。
それだけなら一度か二度読めば十分だが、何度も読み込み、理解を深めることで魔術の習得度は飛躍的に上昇していくのだ。
故に、魔術師は魔術書を完全に理解できるまで何度でも読む。
だが俺はもう図書館の魔術書は完全に理解したので、現状はずっと復習をしているような状態だ。
もちろん復習も大事である。せっかく覚えた魔術も使わなければ忘れるし、そうなると習得度はガクンと落ちる。
まぁそんな日々を送っているわけだが、流石にその繰り返しは退屈だ。
そろそろ新しい刺激が欲しいところである。
「ははは、ロイドは魔術書ばかり読んでいるからな。たまには別の本を読んだらどうだい?」
目の前で本を読んでいたアルベルトが言った。
俺は首を振って答える。
「図書館にある魔術書は全て読みましたから」
「……へぇ、ではテストしてもいいかい?」
アルベルトは悪戯っぽい微笑を浮かべると、俺に問いかけてきた。
「土水火風、これは魔術の基礎四系統魔術と言われているわけだが、この図書館にはそれに関する魔術書は何冊ある?」
「メインとして取り扱っているのは145冊ですね。サブテーマとして取り扱っているのも含めると232冊。あ、でもゴーレムとかに関する本はどっちに含めればいいのか迷うなぁ……俺の中では制御系統なんですが、ボディの成型には基礎四系統魔術が大きく関わってくるわけですし……どう思います? アルベルト兄さん」
俺が視線を上げると、アルベルトは目を丸くしていた。
「まさか……本当に全部読んだというのかい……?」
「あーいや……と言ってもまだあまりよく理解してないというか……あはは、やはり魔術は奥が深いですね」
あ、危なかった。
図書館の本を全部読んでいるくらい普通だと思ったけど、この驚きようからするとそうでもないようだ。
アルベルトの訝しむような視線が痛い。
「……全く呆れたものか感心したものか……一応聞くが、魔術書以外には興味はないのかな?」
「申し訳ありませんが」
「ふむ、そうだろうな……」
やはり城でやる事もそろそろ限界があるよなぁ。
アルベルトについていれば、たまに射的場に連れて行ってもらったり出来るが、それでも大っぴらには動けない。
せめてもう少し上のレベルの魔術書があればいいんだが……
「……そういえば、城の地下に書庫があったっけ」
アルベルトがポツリと漏らした言葉に、俺の耳が反応する。
「地下書庫にはあまりの危険さ故に取り扱いを禁じられた魔書の類が沢山封印されていると聞く。その中には禁書も多数含まれており、昔この国を滅亡寸前まで追い込んだ魔人が封印されたものもあるらしい」
――魔書とは、本そのものに魔力を込めた魔道具のようなもので、誰が使っても効果を発揮するのが特徴だ。
ただその作成にはかなり高度な魔術知識と時間が必要とされるため、その貴重さは魔術書とは比べ物にならない。
初級魔術を封じたものでさえ中々市場には出回らず、城にも数冊しかないので俺もじっくり見たことはない。
特に強大な魔術が込められたものはあまりの危険さ故に禁書扱いされ、国で厳重に保管されており、有事の際にしか使われないと聞く。
以前、どこかの大戦で禁書が使われたらしいが、それを唱えると敵軍に雷が降り注ぎ、一瞬にして壊滅させたという。
ただし術者はその反動で五十年以上、歳を取ってしまったとか。
魔人を封じる、なんて魔術が込められた禁書がどんなものかなど、全く想像もつかない。
どんな術式を編み込んであるのだろう。すごく、気になる。
「小さい頃乳母に随分脅されたものだ。悪いことをする子は禁書に封じられた魔人に食べられちゃいますよー……なんてな。ははは」
言われてみれば確かに、城の地下には不自然に強力な結界が展開されているのを感じていた。
きっと国の重要書物などが入っているのだろうとあまり興味を持たなかったが、そういう事なら話は別だ。
俄然ワクワクして来たぞ。
「アルベルト兄さん、その話、もっと詳しく聞かせてくれませんか!?」
「おいおいロイド、妙に目を輝かせているじゃないか。まさか入ろうとしてるんじゃないだろうな?」
いきなり釘を刺され動揺しつつも、何もなかった風を装い笑顔を返した。
「や、やだなぁ……そんな事するはずがないでしょう? アルベルト兄さん」
「その割には笑顔が引きつっているようだが……」
「も、元々こんなものですよ? あは、あはははは……」
なんとか受け答えするが、動揺のせいかぎこちなくなってしまう。
どうにも演技をするのは苦手だ。
しばらくじっと俺を見ていたアルベルトだが、すぐに口元を緩めた。
「……まぁ、そうだな。そもそも城の地下には城の魔術師が十人がかりで編み込んだ結界が張られている。人目を盗んではいるなど不可能だ。僕でも入るには許可が必要だしね」
「! アルベルト兄さんは入ったことがあるんですか?」
「あぁ、といっても入り口だけだがね。というかそれ以上は入れなかったんだ。奥から発せられる禍々しい魔力の渦……思い出しただけでも怖気が出る。魔人が封じられた禁書があるという話も信じてしまうよ」
ぶるると身体を震わせるアルベルト。
演技ではない。少しだけ顔が青ざめていた。
どうやら本当のようである。
「とまぁそんなわけだ。ロイド、お前は少し変わっているが無茶をする子ではない。まさか行くわけがないと思うが……」
「はい、行くわけがありませんとも!」
俺はアルベルトの問いに、頷いて返すのだった。
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