第9話二重詠唱をやってみました

「おっと、そろそろ夜が明けるな。その前に片づけてから帰るとするか」


 地下書庫は俺がグリモワールと遊んでいた事で少々散らかっていた。

 あらかじめ結界を張ってあったので損傷などの被害はほとんどないが、本棚や調度品に少々の乱れがある。


「手伝いましょうかい? ロイド様」

「それには及ばないさ。……よっ」


 俺が術式を展開すると、散らばっていた本や魔道具がふわりと浮き上がり、元あった場所へと帰っていく。

 これは俺の編み上げたオリジナル術式。

 物体そのものの記憶を辿り、力を与えて自ら元あった場所へと戻すというものである。

 その効果は物体であればチリでもホコリでも全てに有効で、俺が消滅させたグリモワールの本も元通りだ。

 ……ただし外観だけ、であるが。


「おおっ、こりゃすごい魔術ですな!」

「魔術という程のものではないけどね。でも探し物や片づけなどには便利だよ」


 ちなみに魔力を編み込んだものを術式、それを束ねて特定以上の効果を発揮させるものを魔術という。

 このくらいでは魔術とは呼ばないのである。


「ところでグリモワール、お前その姿じゃ目立つよな。小さくなったり姿を消したりは出来ないのか?」

「出来なくはないっすが……」


言葉を濁すグリモワール。

姿を変える魔術はかなり高レベルだからな。

それに使い勝手の悪さから使い手を選ぶ魔術だ。使えなくても仕方ないか。


「じゃあ俺の身体に住むといい。右手を貸そう」


俺が右手を差し出すと、グリモワールは信じられないといった顔になる。


「は……? い、いいんですかい?」

「その方が目立たないだろ?」


グリモワール戸惑った様子だったが、俺から顔を背け口元をにやけさせる。


「……くひひ、こいつありえねぇぜ。使い魔をその身に宿すなんてのは、よほどの信頼関係がなければ常に命を狙われる覚悟をせねばならない。そんな事も知らねぇのかよ、甘ちゃんめ。腕一本も使わせてくれるんなら本体を殺すのは容易! 眠っている時にでもぶち殺して身体を乗っ取ってやるぜぇ……!」

「おーい、何ブツブツ言ってるんだよ。早く来い」

「へいっ! ただいま!」


 グリモワールは勢いよく返事すると、黒いモヤになり俺の右手に入っていく。


「な、なんだこりゃあ!? 体内の魔力密度が半端じゃあねぇ! こんなギチギチに詰まってやがったら、俺が入るスペースが……ね、ねぇ……! 右腕、は無理だ。ならせめて手首から上……ぐっ、駄目だ! 指先一本すら、入れねぇ……! うおおおおおっ!」


 咆哮の後、掌に一本の線が入り、ぐぱっと口が開いた。

 グリモワールはぜぇぜぇと息を吐いている。


「はぁーっ! はぁーっ! て、掌の皮一枚が限界だった……! 何つー魔力密度だ……!」


 何かブツブツ言ってるが、無事入れたようである。


「おっ、その手もしかして二重詠唱してた時のか?」

「え、えぇそうでさ! ロイド様が二重詠唱に興味を持っていたのはわかっていやしたからね。もちろんこの身体はロイド様のものですから、自分の意志で動かせます」

「本当か? それは面白そうだ」


 二重詠唱か。使い方によっては色々な事が出来そうだ。

 うん、ワクワクしてきた。あとで早速試してみよう。


「身体を乗っ取るのは無理だったが……こうして取り入っておけば奴もそのうち油断するだろう。なに、焦る事はねぇ……じわじわ行くぜぇ。くひひひひ」

「ん、何か言ったか? グリモワール」

「い、いいええ何も! そ、そうだロイド様、自分の事はグリモでいいっすよ!」

「そっか。これからもよろしくな。グリモ」

「へ、へいっ! 粉骨砕身、ロイド様の為に働かせていただきますぜ!」


 そうこうしているうちに部屋の片づけが終わり、俺は書庫から外へ出て部屋へ戻り、そのまま眠りに就いた。


 ■■■


 翌日、俺は城の屋上へ来ていた。


「ロイド様、こんなところに来て、一体何をなさるんで?」

「早速二重詠唱を試してみようと思ってね」


 今は昼休みなので、見張りの兵士たちも休憩に行っており誰もいない。

 当然結界は展開済み。

 時間は短いが今なら心置きなく魔術の実験が出来るのだ。


「それじゃ、力を貸してくれるか? グリモ。まずは詠唱合わせをしてみよう。『炎烈火球』の詠唱は出来るかい?」

「もちろんでさ!」


 魔術には全て詠唱が存在する。

 ただ殆どの魔術師は各々自分に合った形で術式で無詠唱化、あるいは簡略化しているのだ。

 下位の魔術なんかは詠唱も魔力もほぼ必要ないが、上位魔術になってくると流石に術式だけでは補えない為、呪文の詠唱が必要となってくる。

 それを二重詠唱で、同時発動させる。

 果たしてどんな効果が生まれるのか……ワクワクするな。


「行くぞ、グリモ」

「へいっ!」


 俺の言葉と共に、右手にグリモの口が開いた。

 改めて、呪文の詠唱を開始する。


「■――」

「ぎゃあっ!?」


 突如、グリモが悲鳴を上げた。


「ななな、今のは一体なんなんでさ!?」

「え? 呪文を詠唱しただけだが……」

「今のが!? なんかとんでもない量の呪文が一気に聞こえたんですが!?」

「あぁ、呪文束だよ。一呼吸に百の呪文を束にして突っ込んでいる」


 先刻紡いだ■がその束である。

 魔人ともなればこのくらい出来ると思ったのだが……


「いや、無理っすよ! 呪文束くらいは知ってますが、束ねられるのはせいぜい二つか三つくらいっす! その詠唱速度について行くには下位魔術の……たとえば『火球』とかでないと無理っすよ!」

「『火球』に詠唱は不要だろ?」

「い、いえ……自分は普通に必要っすよ……」


 驚いた。『火球』みたいな下位魔術にも詠唱が必要なのか。

 古代魔術は詠唱重視の文化なのかもしれないな。

 こっちは逆に詠唱短縮に特化した術式を編んでいるから、下位魔術に詠唱は出来ないんだよな。

 まぁ、そういう事なら仕方ない。


「じゃあ俺一人でやるしかないか」

「ひと……っ! ってことは二人分の詠唱を一人でやるって事っすか!?」

「あぁ、とりあえずこっちの口で普通にしゃべれるかだが……あーあー、うん。普通にいけるな」


 手の口から声を出してみる。妙な感覚だが、難しくはない。

 これなら一人二重詠唱も出来そうだ。


「念のため結界を張っておくか。では改めて……■■■――」


『炎烈火球』と『滝烈水球』、二つの上位魔術を二重詠唱する。

 やや上空に座標を指定したそれは、正確に発動している――

 ――いるのだが、なんだこりゃ。とんでもない魔力の昂りを感じる。

 これ以上やると結界がもたない! そう判断した俺は魔力供給を断ち、強制的に発動させる。

 直後、混じり合った二つの魔術が破裂する。

 どおおおおおおん! と大爆発を引き起こし、結界は消滅。周囲の雲が消し飛んでいた。


「な、なんつー威力……!」

「あー、こりゃすごいなぁ」


 これが二重詠唱か。かなり威力を押さえたつもりだったが、それでも俺の結界を破るとはな。

 全力で撃ったらどうなる事やら。


「なんだ! 城の上空ですごい音が聞こえたぞ!」

「まさか竜でも現れたか!?」

「走れ走れ!」


 階下から見張りの兵士たちの声が聞こえてきた。

 やべっ、見つかったら怒られちまう。

 俺は屋上から飛び降り、自分の部屋へと駆け戻るのだった。

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