第4話 中二病現実化装置(巨大ロボット)

「見てください、シロバカマ博士! これが『才能具現化システム』、別名『中二病現実化装置』の成果ですよ! 私の発明です!」

「ナイアラト。どうにかならんかね、その名前」

 シロバカマ博士は、得意げな顔で気持ちを弾ませている助手ナイアラトをいさめた。

 研究所屋外の広い実験場の平野には、身長三〇mほどの銀色の巨人、ロングストレートの銀髪を背に垂らした女子高生風の女性像がそびえていた。

 巨大な女神は銀色の一体成型。銀髪が風をはらんでなびいている。

 美しいロボット。巨大ささえ除けば、そのプロポーションは生きている女性そのものだ。瞳さえ銀色の麗顔にはまつ毛も生えていた。長い脚の足首はきゅっと締まっている。

「髪の一本一本は直径一cmほどあります。放熱と、身体を動かしている内に帯電する静電気の放電を兼ねています」

「関節には『節』がない様だが」

「全ては形状記憶流体金属『特殊状態レニウム』による一体成型のクレイモデルの様な物です。パーツをつなぎ合わせたロボットじゃないですよ。見た目は完全に人間ですが、体内には関節部には球体関節が、身体の各所には薄い板状の多層構造リニア・アクチュエイターが埋まっています。それら全てが身体各部を滑らかに動かす、モーターで、発電機で、筋肉です。流体金属は自由に形を変えられ、体重を支える堅固な結合力と弾性を備えています。砲弾を撃たれても衝突エネルギーを波紋として受け流し、見た目には傷一つ負いません」

 ナイアラトがスマホに組み込んだ操縦アプリで、画面に映るコントローラーをタッチで操作すると、三〇mの巨体は直立不動から格闘技のファイティングスタイルへと姿勢を変えた。長髪が紫電を放電する。

「女性型だというのは何の実用性かね。……いや、中二病……語るまいか」

 巨大ロボットが足さばきを変えた事で揺れた地面。声を震わせながら、シロバカマ博士は嘆息した。

 助手のナイアラトの考えた才能具現化システムとは、何ページもの書物を一気に読み込むスキャナーと、曖昧な文章の羅列を読み解き、具体的に現実的な理論として再構築する超高度な解読装置と、粗雑なイラストを清書する3Dモデル設計装置と、形状記憶流体金属でそのモデルを組み上げる巨大3Dプリンターから成っていた。

 つまりは中二病の典型であるアイデア、イラストや世界観や設定の落書きされたノートの内容を実際に現実化するマシン群だった。

 巨大ロボットはナイアラトの発想。

 その助手の思いつきを実用レベルにしたのはシロバカマ博士の尽力。

「玩具としては高価だな、ナイアラト」

「玩具? とんでもないですよ。このマシンは人が最も妄想力に長けた中二病時代の暴走したアイデア群、いい大人なら赤面して黒歴史にする新鮮な才能を、赤裸裸に現実化させられる夢のスーパーシステムですよ。いいですか。中二病の妄想を、皆が楽しめる作品へと昇華出来た人間がクリエイターと呼ばれるんです。誰でもクリエイターにする画期的発明ですよ」

「フムン」とシロバカマ博士。「しかし兵器として人間型というのは」

「人間型というのは汎用性がありますよ。武器はスケールアップした物を巨大3Dプリンターで出力すればいいんです。白兵戦で格闘技も出来ますよ」

「いや、白兵戦はどうだろう。巨大化しても従う物理法則は変わらないのだから、大きさが十倍になれば、腕を振り回しても十倍の距離を腕は移動する事になる。はたから見れば非常にゆっくりとした動きになるだろう」

「その為に加速装置を組み込んであります。動きは実際の人間が行うのと変わらない見た目にスピードアップします。加速度九.八m/秒でゆっくりに見えるのはこのロボがジャンプした時と、銀髪のなびきと、身体から離れた落下物くらいなものですよ」

「きびきびと動くロボットか。……しかし、この才能具現化システムを使えば、心の片隅に発生しながらなかなか発展してくれない英知の閃きも、このシステムのアシストによって一気に具現化されてくれるかもしれんな」

「論理になってない論理の具現化もアシストしてくれるかもしれませんよ。……考えてみてください、博士。このシステムは本当の狂人の発想を現実にしてくれるかもしれないんです。世界中の中二病患者や真の狂人の空想がどんどん実用化……つまり人間の科学者では理解出来ない現実が多数派の常識として宇宙を席巻する可能性があるんですよ! あらゆる着想がこのシステムのアシストを受けて現実となるのです。非現実的な陰謀論者の妄想が宇宙法則をねじ曲げる、そんなシュールな時代がやってきますよ。そもそも科学は永遠に静寂でそびえている堅固たる象牙の塔じゃないんです。いつ、新しい仮説がそれまでの主流ととってかわるかという激動的な知的活動なんですよ。そう考えたら、今まで私達が使ってきた科学知識と新妄想科学、どちらの理論に従うべきでしょうね」

「…………」

「シロバカマ博士も学生時代にノートに書き留めた妄想があったりするんじゃないですか? それを具体化したいと思いませんか。いや、我我はやるべきです! 非論理的な稚拙な、それながらにして巨大な妄想! 私達はそれが実現化する、宇宙法則を一変させるカオスの第一歩を踏み出したんです! あらゆる夢が叶うんですよ! どうです、世界中の全ての十四歳の少年少女や精神障碍者の妄想を書き溜めたノートを集め、片っ端からこのシステムにかけてみるというのは! 書物じゃなくてももいいんです! この才能具体化システムをネットにつないで世界中のありとあらゆるオカルト的な妄想情報を拾い集めていけば、いずれは……!」

「試すなッ!」

 シロバカマ博士の一喝。

 その雷に撃たれたナイアラトの勢いがしゅんと縮こまった。今言っていた事自体が、自分自身の妄想の暴走だという事を自覚したのか、劇的に振り回していた両腕を力なく白衣の横に垂らす。

 身長三〇mの巨体。足の下で女性ロボを見上げるシロバカマ博士は一言呟いた。「とりあえず下着くらい穿かせたまえ」

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試すなッ! Don’t try! 田中ざくれろ @devodevo

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