番外編 宮野家、崩壊

 私は宮野るりか。19歳、花の大学生だ。

 最近、うちの妹……りりなの様子がおかしい。


 8月も下旬の、ある夜の食卓。

 今夜の夕食は、ほかほかご飯になめこの味噌汁。イワシの蒲焼きと和風寄り。

 そこにプラス一品、ハムとキュウリの入ったマカロニサラダが彩を添える。


 家族4人揃っての晩御飯。

 と、私たちのお父さん、埼玉県警に勤める巡査部長である……が、切り出す。


「先月、りりなの中学に現れたキス魔の件な……」


「ぶぴゅるぅっ!?」


 味噌汁を盛大に噴き出す、我が妹りりな。

 な? 挙動不審だろ?


「げぇほ、げぇほッ!! ど、どどどどうしたの? あの事件が何か?」


「いや、未だに足取りが掴めなくてな。七夕祭りなどでも目撃情報はあるんだが、皆肝心なところは記憶が曖昧になってるんだよな」


 お父さん、警察官として、噂のキス魔……ピンクの髪に魔法少女コスプレ、女の子だけを襲う謎のキス魔を追っているのだけど。


「キスされた生徒さんの保護者からもせっつかれてるんだが……正直、迷宮入り気味でな。困ったものだよ」


 深くため息をつくお父さんに、私たちのお母さん、宮野せりな。38歳、わりと若く見える……が、おっとりした調子で返す。


「あらあら、大変ねー」


 うちのお母さん、娘である私やりりなに比べても、かなりのんびりしたタイプ。

 なので大変といいつつ、緊張感に欠ける感じ。


「りりな、あなたは心当たり無いの?」


 水を向けられ、なぜかりりな、だらだらと汗を流し、目を逸らす。


「さ、さぁ? 私も終業式出てたけど。よく覚えてないし」


 目が泳ぎまくり。……やっぱり怪しい。


「……じぃー」


 凝視してみる。

 はっきり言えば。私は妹を疑っている。

 キス魔が現れたのが、ちょうど妹がレズ漫画読んで悶えてるのを発見してしまった頃。

 コスプレ趣味は無いと思うんだが……。


 しかも、キス魔が出現した、中学の終業式の日。

 妹の担任、後藤絢子先生から私に、電話があった。

 その内容は、こう。


「な、なぁ、宮野。りりなが何か悩んでいるようだったら、相談に乗ってやれよ?」


「……はぁ」


 私が中学生だったとき、絢子先生は新人教師。わりと気が合う人だったので、卒業後も時たま連絡取っているのだけど。

 竹を割ったような性格の絢子先生が、何やら口を濁しているのが、妙に印象に残っている。


 うん、怪しい。


 ともかく、私も父と同じ道、つまりは警察志望。色々勉強しているからな。

 刑事(予定)の勘が訴えるのだ。


 妹は、怪しいと。キス魔の正体は妹……宮野りりなだと。


 ※ ※ ※


 刑事は足で情報を稼ぐもの。私は食後、妹の部屋へ乗り込むことにした。

 身内とはいえ、否、身内だからこそ、罪を見過ごすわけにはいかないんだ。


 てか私は、妹がレズとか、ちょっと落ち着かない。勘弁してほしい。

 ドアノブに手をかけて、


「……入るぞ、りりな」


 少し勇気がいるが、思い切って踏み込むと。


「も、萌えー♪ 早百合に借りた、エッチシーンも満載の百合コミック『百〇姫ワイルドローズ』に、私の自家発電もはかどってます!?」


 ……なぜ解説口調なんだ。とにかく妹は、ベッドを鼻血で汚しながらごろんごろん悶え転げていた。


「げぇっ、お姉ちゃん!?」


 ……ぱたん。扉を閉めて、見なかったことに。

 落ち着け、動揺するな私。冷静さも刑事の大事な素養だ。


 しばらく深呼吸して、再度扉を開ける。


「入るぞ、りりな?」


 すると。


「ス、ステファニー! 私言ったよね!? 誰か部屋に近づいたら教えてって!?」


「教えたよ! 喋るわけにいかないから念波で! でもりりなが百〇姫に夢中すぎて、念波オフにしてたんじゃないかー!?」


 クマのぬいぐるみと、殴り合いする我が妹。ふ、腹話術?


 いや、そんなことよりも。


「げぇっ、またまたお姉ちゃん!?」


「りりな、お前……」


 私は、涙が止まらなかった。


「……心の、病気なんだな?」


 ※ ※ ※


 そして、緊急家族会議。幸いお父さんは用事が出来て外出中、娘の醜態を見ずに済んでいるが。


 居間で正座、がたがた震える妹りりな。向かいには、同じく正座する母せりな。

 私は、椅子に座って足を組み、それを横から見ている。


 りりなとお母さんの間には……エロ本。

 りりなは、「違うよ! 百〇姫ワイルドローズはエロ本じゃないし! 行き着くところまで行った美しい百合愛の尊い記録なんだよ!?」とか言ってたけど。


 いや、ちょっと読んでみたけどさ。

 どう見てもエロ本だよ。お、女の子同士でエッチしてるんだぞ?


「どう思うよ、お母さん」


 私とて、可愛い妹のことは、愛している。

 だからこそ、真人間に育ってほしい。

 ここは、いつもニコニコしてるけど怒ると怖いお母さんに、びしっと叱ってもらわないとな。


 妹も14歳、思春期だし。性的なことに興味持つのは致し方ないとして。

 同性愛は、いかんよ。


「りりな、あなた……女の子に興味があるの?」


 静かに問いかけるお母さん。


 りりなは、びくっと震え。涙目で。

 掠れる声で。


 いけないの? と呟いた。


(ああ、いけないよ)


 弱々しい様子に少し可哀想にもなるけど。

 それは茨の道だ。女の子同士で恋したり、キスしたり、正直私は理解できないし。世間の目は厳しいんだから。

 妹の幸せのためにも、ここは真っ当な異性愛に戻ってだな?


 ほら、お母さんも。


「あら、別にいいと思うわよ♪」


 ……あれ?


「ふふ、りりなは可愛いもの♪ 同性にもモテちゃうのは仕方ないわよね♪ 母さん、むしろ男の人に汚されちゃうほうが嫌だなーって、思ってたのよね♪」


 あっれー!? うちのお母さん、そっち方面にすごい理解ある人だった!?


「ちょ、お母さん!? レズだよ!? 女性の同性愛者もゲイって呼ぶんだよ!? 娘がそっちに進むの、少しは止めようよ!!」


「ふふ、るりかも、まだまだお子様ね。真実の愛が芽生えたら! 恋の炎が燃え上がったら! 性別なんて些細なコトなのよ♪」


「お、お母さん! わかってくれるのね!?」


 りりな、目がキラッキラ!


「認めてくれて嬉しいよ! ねえ、キスしていい!?」


「ふふ、もちろんよ♪」


 あれぇ、あっれー!?

 母娘でちゅっちゅ始める二人を前に。私、宮野るりかは、固まるしかなかった。


「ちゅっ、ちゅぅー♪ はぁはぁ、お姉ちゃんも、する?」


「し、しないし!? 私は! ノンケだからなー!?」


 と、ともあれ。宮野家崩壊の危機は、百合キスとやらで阻止されたのだった。

 ……私の常識感覚が崩壊しそうだけどな?



〈次回予告!〉


 ついに百合に目覚め始める悪魔の女王!

 しかし、その矜持が! 誇りが! マジカル☆リリィの軍門に下ることを許さない!!


「そうよ、百合魔法少女を! 腐女子に目覚めさせればいいんだわ!!」


 禁断の封印兵器、『腐界の女王』の宝具! 至高のホモ作品コレクションが解き放たれる!?


「ふ腐、ホモッホモにしてあげる♪」


 決戦の舞台は! 早百合宅でのパジャマパーティーだ!?

 お風呂イベントもあるよ?

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