事実を打ち明ける

 水族館を観光しに行った後日のこと。


「もどかしぃ~」

「何がもどかしいんだい本城さん?」

「若子みたいなお子ちゃまに所詮分からないことだよ」


 本城さんから子供扱いされた若子ちゃんは歯向かうようにじゃれついている。

 彼女は姉弟子であり、妹分のような若子ちゃんを無下にはしなかった。


「本城さん、俺ちょっと出かけるから、後のことは宜しく」

「どこ行くんですか師匠?」

「伍堂アラタが営んでる駄菓子屋」

「……」


 すると本城さんは意味深な笑みを浮かべ、口を噤む。

 彼女ってもしかしてむっつりスケベなのかな?


「私もついて行くぞ三浦くん!」

「別にいいけど、邪魔だけはしないでくれよ」

「酷い……いまだかつて三浦くんだけからは邪見にされたことなか、なか、なかったのに」


 若子ちゃんはorzのように両手を畳につけて項垂れていた。

 それで、成り行きのまま若子ちゃんを連れて駄菓子屋に向かうと。


「アラタ、奢ってくれよ」

「出世払いって奴か? でもマサハル、お前これで何回目のツケだよ?」


 伍堂アラタの駄菓子屋には数人の子供が客として来訪していた。

 あいつはワープロを片手に、子供達の接客をしている。


「ん? 三浦先生か、いらっしゃい」

「ようアラタくん、早速だがこれ下さい」


 と言い、若子ちゃんは伍堂アラタに地酒のパンフレットを差し出す。


「成人未満のお子様に酒類売ったら捕まるから駄目だな、帰れ」

「そ、そんな! 私が飲むんじゃないぞ! 母さんへのお土産なんだぞ!?」

「それでも駄目なんだよ、いいか若子、法律を舐めてっといつか痛い目に遭うぞ」

「法律は私達を守るためのものなんじゃないのか!?」


 若子ちゃんはこうやって頻繁に積極的な反論をする。

 彼女は将来的に弁護士になれる素質がありそうだ。


「若子はマサハル達と遊んで来いよ、これやっから。俺の奢りだよ」

「ありがとうアラタ」

「ってことで三浦くん、私はマサハル様と遊んで来るな」


 様? 何がどうなってそんな呼称になったのか知らないが、いってらっしゃい。


「なんつーか、若子の人懐こい性格は羨ましいよな。タカコも見習って欲しいもんだな」

「荏原さんには荏原さんの良さがあるさ」


 と言えば、伍堂アラタは駄菓子屋の縁側で胡坐のままうつむき、後頭部をかいている。


「わかっちゃいるけど、失恋って辛いよな」

「俺に言うなよ、君達はまだ可能性がある」

「バッカ、三浦先生の方が可能性あるっつうの」


 彼は俺の状況を知らないから、そんなことが言えるのだ。

 荏原さんにしたって、俺と自身を比べるには妄想の域を出てないだろうし。


 でも、それは一概に二人が寄せてくれた期待の表れなんだろうな。


「……俺と荏原さんがどうにかなるなんて、あり得ないよ」

「タカコはあんたのことが好きなんだよ、昔から」

「俺にその気がないんだ」


 それに、彼女の好意は作家としての俺への憧憬だろ?


「憧れは、幻想に近いから。彼女は幻想と現実の分別はあるし、自分の気持ちを理解しているはずだよ」


「やけに知った風な感じなのな、タカコから何を聞かされたんだよ」


 俺に絡むように伍堂アラタは冷えたお茶を差し出した。昔の伍堂アラタのことは風の噂程度でしか聞かないけど、話による彼と、お茶を差し出した今の彼からは更生という名の立派な成長が覗えられる。


「どうやら荏原さんは、今の自分に不満を抱いているようなんだ」

「あいつはそう言う奴だよ、高校の時から成績も抜群だったけど、満足してない様子だった」


「……荏原さんには夢があるみたいなんだ」

「夢?」


 飽くなき向上心と言えば聴こえはいいのだろうが。

 言い換えれば、彼女は諦めきれない野心を持っていた。


 どんなに夢を叶えようとも、違う夢を次々に見つけてしまうタイプだ。


 そんな彼女が、今はある夢を叶えられず、苦悩している。


「今度、荏原さんと会う機会があれば、その夢は何か訊いてみなよ」

「次の機会があればいいんだけどな」


「俺に出来るのはここが限界だ、これ以上のお節介にしかならないし、俺の性分じゃない。それに、俺達は明日には帰るよ」


「明日帰るのか?」

「そうだよ、君と会うのはこれが最期になるかも知れないな」

「三浦先生、弱気はいけねーぜ? 弱気になっても何もいいことないからな」


 ……っ。

 これは、知り合いの誰にも言ってなかったことだけど。


「君にだけは言っておくよ、実は俺はもう、掛かり付けの医師から余命宣告を受けている」

「マジかよ」


 嘘を言ってもしょうがない。

 これは、このことは誰にも言わないで欲しいと、伍堂アラタにはお願いした。


 その上で俺が言いたいのは、二人の未来の可能性を決して捨てないで欲しいということで。死の淵に立たされた俺は、酷い孤独を覚えていた。でも、弟子達や、宰子ちゃん、若子ちゃん、渡邊先輩や鈴木多羅に――ウミン。彼女達と交流することで孤独は癒される。


 それは今挙げた人たちが、俺にとって大切な人だった証拠さ。

 俺は自分の気持ちに素直になれない。

 だから、尚のこと、心に感じた彼女達との絆には涙がにじむ。


 伍堂アラタには、この気持ちを伝え、大切な人を持つことの重要性を説いた。


「君だって出来るのなら、大切な人は自分で選びたいだろ?」

「……なんつーか、人の出逢いって不思議だよな」

「同感だな」


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