比べて達観す

 伍堂アラタとの水族館見学はその後何事もなく終わり。

 俺は再び荏原さん達と合流した。


「お疲れ様です三浦さん、伍堂さんは?」

「彼だったら、貴方と顔を合わさないように、しばらく水族館を見物していくそうです」

「そうですか、では帰りましょう」


 と言う流れで、行きと同じく旅館に戻ることになった。

 伍堂アラタからも勧められたように、荏原さんにはちゃんとお礼を伝えた。


 すると彼女は胸を撫で下ろしたかのように、微笑む。


「伍堂さんから何か言われませんでしたか?」

「言われましたよ、荏原さんは人から感謝されることを何よりも大切にしているって」

「そうですか……他には?」


 他は、そうだな。


 例えば荏原さんは意固地な一面があって、一度決めたことは曲げない性格をしているらしい。だから伍堂アラタは心配している。彼女がその一面性で周囲の人間に迷惑掛けてないかどうか。


 高校の文芸部に所属していた頃の伍堂アラタは、彼女のその性格で幾度か面倒事に駆られたと言っていた。


「……伍堂さんって、見掛けによらず記憶力がいいんですよね」

「まぁ、作家やっているから身に着いたんだと思いますけど」


 それにおいても、荏原さんに対する伍堂アラタの意志は力強い物だと推し量れる。

 彼は本気で女将さんのことが好きなようだ。


「荏原さん、彼との思い出話の一つでも聞いていいですか?」

「構いませんけど、止しませんか?」


 彼女は胸に手をやり、自分の行く末を不安視しているようだった。


 伍堂アラタと彼女の関係は今とても繊細なものになっている。


 このまま行けば自然消滅が妥当、それでも俺は――


「荏原さん、あいつとの思い出を語る前に一言だけ言わせてください。あいつから聞きましたよ、荏原さんがどれほど『俺カルチャー』を大切に思って下さっていたのかを、俺は作者として、そんな貴方達の人生を応援したい」


 かつて、二人に何が遭ったのかは知らないし、今はまだ知るタイミングでもない。

 それでも二人の関係を俺は応援したい。


 何故ならば二人の関係は、絆は、俺カルチャーによって繋がれたものなのだから。


「……三浦さんは、千年千歳先生とはその後どうなりました?」

「伍堂アラタと同じことを聞くんですね、俺と彼女の関係は終わりましたよ」

「三浦さんは私に対してこう言っているのと同義ですよ」


 ――どうして二人の関係は終わったのですか?


「私だって、三浦さんと、千年千歳先生の仲を応援していた一人です。でも……私は図らずも三浦さんと同じ立場になって知ってしまったんです。この世にはどうしようもないことがあるんだって」


 ああ、そうなんだ。

 彼女は俺に自分を照らし合わせていた節があったんだな。


 俺の絶望と自分の絶望を比べ。

 俺の失意と自分の失意を比べ。

 俺の傷と自分の傷を比べ。


 彼女はそうやって世の中を達観するに至ったようだ。


 それでも彼女は意固地な性格をしているから、こうと決めたものに対して諦めきれなくて、一人で苦悩している。見掛けとは裏腹に何とも不器用な人だと思えた。


 そんな彼女を、伍堂アラタ以外にも好きになる人はいそうで。

 もしかしたら伍堂アラタは見抜いていたのかも知れない。


 だからなんじゃないか、伍堂アラタが今必死に荏原さんの意識を惹いているのは。彼女がバイブルとして大事にしている本の作者が、数奇なことにやって来てしまったのだから。


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