余りにも
「当時の俺達は、三浦先生の親父の影響あって、俺カルチャーに憧れていた」
伍堂アラタは巨大な水中トンネルを隠し身のにして、過去を打ち明ける。
ここは過去を自照するにはいい場所だったようだ。
水面の揺らぎや、揺蕩う光芒は目にするだけで穏やかな気持ちになれる。
「俺であれば、こんな日記みたいな私小説で一儲けできるっつうんだから、俺も真似てやってみるかってぐらい軽薄な感じだったけど、タカコは俺カルチャーをバイブルのように扱ってたんだ。だから俺達はよく衝突してた」
でも、俺が不良生徒だったせいか、タカコは当初、口を利いてくれなかった。
伍堂アラタの説明に、俺はそれはそうだろとありきたりな返答をする。
「そんな風に互いに背中向けていた俺達が言葉を交わすようになったのは、ある口喧嘩が発端でな、口火を切ったのはタカコの方からだ。きっとそれまで貯めてたフラストレーションが爆発したんだろうな」
「その時はどんな感じの口喧嘩だったんだ?」
「タカコが切れたんだよ。俺カルチャーを見下す言動は止めてくれって」
伍堂アラタの証言で、荏原さんがどれほど俺カルチャーを大切にしてくださっているのかわかった。当時の売れ行きは好調だった経緯もあり、ようやく俺カルチャーの人気に実感が沸く。
それは八年来の感動で、八年後にウミンと初めて顔を合わせた時のものに似ているな。
「荏原さんにはお礼を言わないとな」
「是非そうしてやってくれよ、タカコは何より人からお礼を言われるのが好きだからよ」
伍堂アラタはやけに彼女の性質を知っているように思える。
高校の同朋で、同部の先輩後輩だったからとは言え、余りにも親密だと思えた俺は。
「一つ訊いてもいいか」
「その前に俺からも一つ質問させてくれ、その質問に答えてくれれば答えるぜ」
「いいけど?」
「あんた、その後千年千歳との関係はどうなってるんだよ?」
思わず、固唾をのみ込むような緊張感を覚えてしまう。
ウミンとの関係性は自分の中で区切りを付けたとはいえ、公言するにはまだ早い。
けど、ここで答えないと俺も聞きたいことが聞けない。
「俺と千年千歳先生の関係はもう終わってるよ」
「……はぁ」
「俺と彼女との関係を、自分達にあてはめないで欲しいんだ」
「まぁな、でも俺は『俺カルチャー』の一読者としても、ガッカリしちまうよ」
それが、俺とウミンに対する世間の反応なのだろうか。
伍堂アラタが見せた失意は、イコールで客観的な心情なのだろうか。
考えると、複雑な胸中でしかない。
「で、三浦先生も聞きたいことがあったんだよな?」
「ないこともないけど、今はやめておくよ」
「んだよ、もったいぶりやがって」
前述した通り、今の俺は複雑な心境だった。
けど、心に掛かった靄を払拭するようにイルカの群れがトンネル内を群雄し始めたのだ。
イルカ達はまるでコバルトブルーの天の川を雄大に泳いでいる。
綺麗だったさ、彼らが織り成してくれた夏の風物詩である天の川の群舞は。
その余り、伍堂アラタに想起していた質問の内容を忘れるほどには。
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