不思議な面持ちで

「勘違いしないでくれるか? 俺が今日用事あるのは三浦先生だから」

「…………」


 伍堂アラタの奇襲のような待ち伏せに、荏原さんは黙した。

 その沈黙は痛烈で、見ているこちらが心を痛める。


「荏原さん、俺も彼には用があったので、丁度いいです」

「三浦さんは黙っててくださいませんか」


 彼女は招待客である俺を押さえつけるよう強気な態度を取る。


「三浦先生もこう言っていることだし、俺達は別に――」

「伍堂くん、貴方が偏執的に私につきまとうのにはもう堪えられないの」


 ――今度こそ、本当に通報するよ?


「……タカコ、俺は」

「分かってる、貴方が私に対して罪悪感を拭えないことは……――でも仕方ないじゃないッ!!」


 荏原さんは叫び声をあげた。

 彼女が叫んだ内容には、伍堂アラタに対する様々な情念が籠っているように感じる。


 そう感じるのは、俺一人の誤解だったのだろうか。


 ◇


 水族館の一部は照明を少し落とされている。頼りになる灯りと言えば円柱型をしたクラゲの水槽や、熱帯魚の水槽などから漏れるものだけで、それは少しでも魚達に注目が行くよう仕組まれたロジックだった。


 あの後、俺は伍堂アラタと行動を共にし、荏原さん達とは別離した。


 先程、俺も伍堂アラタに用があったとの詭弁を説いたのは気まずい空気を破るためのものだから、特に用件もなく伍堂アラタの案内によって水族館を回っている。


「三浦先生、さっきは話合わせてくれてありがとうな」

「……君達も入り組んだ事情がありそうだな」

「まぁな……三浦先生はどうして車椅子生活になったんだ?」


 伍堂アラタは中々に言い辛いことを聞いて来た。

 彼の表情を窺うと、やけに達観した様子だ。


「どうした? それとも答え辛いこと聞いちまったか?」


「俺はこうなってしまったことに負い目を感じているんだ、普通の人は負い目を感じていることに対して、中々素直に告白し辛いものだろ」


 すると伍堂アラタは侘しい口調で「そっか」と呟く。

 呟いた唇をそのまま尖らせて、何かを考え込むように俺の介助をしてくれていた。


「ここの名物って何だ?」

「パンフレットによるとイルカのトンネルって言うのが一番の売りらしいな」

「ふーん」


 荏原さん達は俺や伍堂アラタよりも一足先に入場し、水族館のコースを堪能しているはずだ。惜しむらくは、謝罪だからといって甲斐甲斐しくも俺達を誘ってくれた荏原さんの厚意を台無しにしてしまっているのが今日一の罪だと思える。


 どうにかして、伍堂アラタと荏原さんの仲を取り持つことが出来ればこの旅行も不満なく終えられると考えていた。そんな風に、『今から俺はお節介を焼こうとしている』と思念していれば、次第にコバルトブルーのトンネルがその巨躯を現し始める。


「見事だな」

「ああ、これは燃えるぜ」


 東から西までの一八〇度水中を切り開いた透明強化プラスチックのトンネルは見る者を魅了して止まず、俺と伍堂アラタが感嘆符を上げたように他のお客さんも各々感嘆しているようだ。


 俺達は一時的に足並みを止め、先程から数頭見掛けていたイルカの遊泳をしばらく傍観している。


「……俺とタカコはさ、元々高校の文芸部の先輩と後輩の関係だったんだ。向こうが先輩で、俺が後輩な」


 当時の俺はヤンチャが過ぎてたから、親が無理やり文芸部に放り込んだんだ。

 と、伍堂アラタは過去を語り始めた。


 その様相は懐古的で、今の伍堂アラタを見ていると自分を彷彿とするようで。

 その時になって俺は、彼と俺は似た者同士なんじゃないか?


 という勝手なシンパシーを送り、不思議な面持ちで二人の過去を聞かされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る