愛のカルチャー その6

「では、お二方には早速位置に付いて貰って宜しいでしょうか。余り時間がないので巻いて行きますよー!」


 折角東京に出て来たのに、初っ端から巻きの指示出すの?


 ウミンはいそいそと用意された二つのキッチンの内の一つに向かう。


「さぁ、ここで鈍重なペナルティとして三浦先生に質問です。今絶賛発売中の俺カルチャーの売れ行きはぶっちゃけ好調でしょ~かッ!?」


 ふ、ナイスだぜ鬼畜。


 進行という役得を活かして、何気に自分の仕事物をPRするなんてな。


 その問いにはもちろん、――イエスだ。


「トオル、私の新刊の紹介もちゃんとしてね」

「勿論ですよ姉さん! さぁクッキングスタート!」


 後日、この企画の動画を視聴したら、随所随所に編集点が入っていて、ウミンの著書がナレーション付きで紹介されていた。トオルさんの鬼畜的なお為ごかしが、ディレクターの癇に障ったんじゃないか?


 それはまぁいいとして。


「千年千歳先生、最近どうですか、調子の方は、それと無能才人先生との仲は?」

「彼との関係は友好ですのでご心配なく」


「ふむふむ、では質問です。千年千歳先生と無能才人先生、お二人が付き合い始めた切っ掛けを作ったのは彼からの申し出によるものだった? イエスかノーでお答えください」


「……」


 ウミンはトオルさんの質問に長考しているようだ。

 何だ? 忘れてしまったとでもいうのだろうか。

 そう言う時は適当に返答して、後で帳尻合わせればいい。


「一応、ノーかな」

「なるほど、千年千歳先生は肉食系だったんですね?」

「イエスの方がいいの?」

「さぁ?」


 肉食系を姉に持つ弟の心境って、どんなのだろうな。

 少なくともトオルさんは答えを濁しているし、あんまり喜ばしいことじゃないらしい。


 俺の手作りチョコレートの作り方は至ってシンプルにしようと考えていた。

 複雑な工程を経て作っても、今日の本意とは思えないだろうし。


「嗚呼、無能才人先生の方からチョコレートの香ばしい匂いがしますねぇ~! いいですよ先生、そのちょーしそのちょーし! ってことで質問です、先生のデビュー作である俺カルチャーの続編が出るそうですが、原稿の方はもう終わっているのでしょーかッ!?」


 イエスイエス!


「いえーい、続けて質問です。両先生はぶっちゃけ担当編集に殺意を感じている?」


 イエェエエエエス!!


「……あ、ふーん、そうなんだ」


 無自覚な鬼畜と言うのはほとほと手に余る困った野郎だな。

 トオルさんの反応を窺ったウミンは、さりげなくノーと表明していた。


 ◇


 その後もウミンと対決する格好でチョコレートを作り、トオルさんから鬼畜攻めにあった。さきほど「殺意を感じている?」との質問に肯定したのがいけなかったのか、彼は趣旨返しするよう圧を掛けるんだ。


 精神を追いやれる形で作ったチョコレートが、上手く出来上がるはずもなく。


 きっとこのバレンタインデー企画はウミンの勝利で終わるのだろう。


「試合終了~! お二人には手を止めて貰って、いよいよ実食に移りましょう」


 して、二人が制作したチョコレートは銀色をした半球状のクロッシュに包まれ、目に見えないようにされる。この後実食して、互いの制作物を評価して、最終的にはスタッフが美味しく頂きましたとなる予定だ。


「では共に健闘したお二人に、感想をお聞き致します。イエスかノーでお答えください……姉さん、思えば姉さんとの付き合いもかれこれ三十年近くに亘りますね。姉さんは僕を当然のように幼い頃から小間使いしてましたが、それについて謝罪する気持ちはある?」


 ウミンはすかさずノーと答える。

 彼女のノータイムの返答に、スタッフは冷や汗を掻きつつ笑っていた。


「鬼畜か!?」


 貴方がそれを言うな。


「でも、鬼の目にも涙と言いますしねー。さぁ、そこでなんですが」


 これは、トオルさんからの合図だ。

 事前に打ち合わせした時、「」との台詞を合図にすると取り決めていたのだ。


「千年千歳先生にお聞きします――先生は、無能才人先生からのプロポーズを受けますか?」


 俺は一心に彼女を見詰めていた。


 合図を受けて準備していたスタッフさんが先程チョコレートを隠したはずの銀色のクロッシュを俺の目の前に持って来る。俺はそれを開けて中に入っていたリングケースを取り出した。


「ウミン、今から君にプロポーズしたいんだ。静かに聞いて欲しい」


 と言うと、普段から朴訥としていた彼女の表情がやけに艶めかしく見えた。

 その時点で彼女が持つ、人としての器の大きさを悟らされ。

 俺と彼女はやっぱ不釣り合いなんだろうな、という杞憂を覚えつつ続ける。


「先ずは君にお礼が言いたい、俺は君からさまざまな恩を貰って作家になれた」


 過言でもなんでもなく、これは事実であって。

 俺カルチャーに登場する意中の人が今を時めく女流作家の千年千歳。

 まるで売名行為のように君の名を挙げ、俺はプロになれた。


「お礼って言うより、謝罪した方がいいのかな? 今まで利用したようで」


 それ以上、何とも言えなくて。

 けど、俺は――君が好きだから。


「私小説を通して、自分に言い聞かせたかったんだと思う。俺は君が好きなんだってことを……っそれを考えると、無性に君に会いたくなった。この先交わることなかった、俺たちの人生を交錯させて、君との時間が欲しくなった」


 だから――この場を借りて告白させて欲しい。

 祈るような俺の嘆願に、彼女は僅かに唇を震わせる。


「ウミン、君と結婚したい。そして君との経験を――俺たちの人生を小説に書かせて欲しい」


 出来れば、君の隣で、一生を懸けて。


「そうさせて貰っても、いいかな」

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