愛のカルチャー 終

 端的に言えば、これは俺と彼女、二人の作家が織りなした恋愛だ。


 俺の一世一代の告白は、結局どうなったか。


 俺と彼女の恋愛は、どう始まり、どう終わったのか。


 それはみんなのご想像に任せるよ。


 と言っても、俺は今もウミンとデートしている。


 日付としては二月十四日の、とても寒い日のことで。


 酷寒によって身体を打ちのめされそうな日だった。


 俺はこの時ウミンと手を繋いで、少しばかりの非モラルを愛しんでいた。


「今だけなんだろうね、アキとこうするのも」


 彼女は未来を消極的に思慮しているようだ。


 ここで「確かに」と賛同するのはさすがにどうかと思ったので、彼女の頭を自分の胸に手繰り寄せる。するとウミンは消え入りそうな声で「それでもいいよね」と答えた。


「……今、自分の将来を勝手に悲観して、自己完結したな」

「自己中おつ」

「それもしかして自虐か?」


 と、ウミンを弄ろうとすれば、彼女は言葉を使わず反駁してきた。

 まるで愛し合う男女が、今共に生きている喜びを静かに祝い合う。

 そんな――キスだった。


 はい、終わり終わり。

 俺と彼女、二人の作家が織りなした恋愛はこれでもう終わりだ。

 今ここで終わらないと、あとは単なる惚気でしかない。


 前述したように、今年の二月十四日は例外に漏れず肌をつんざくような寒さだった。彼女の言う、きっと今しか出来ない、しないであろう睦み合いもこの辺で切り上げて、早々に家に帰るとしよう。


 気付けば辺りは冬夜の帳が下ろされている。

 道理で寒いはずだ。


 青、黄、赤の信号機と歩道に添えられた街灯が点在している中、家路につながる人気の少ない幹線道路を並んで歩いていると、一匹の猫が道路の中央分離帯で右往左往しているのが見えた。


「……ウミン、お願いがあるんだけど」

「何?」

「あの猫、もしも誰かの飼い猫じゃなかったら、飼ってもいいかな?」

「いいけど、気を付けてね」


 ――ああ、もちろん。


 と彼女に返答した所までは覚えている。

 どうやら俺は彼女の忠告を反故にするよう、事故に遭ってしまったみたいだ。

 全身が酷い火傷を負ったかのように熱く、手足が細切れになった錯覚がする。


 後記憶しているのは……悲痛な彼女の泣き声で。


 ウミンのその声は今までにないくらい衝撃的だったもので。


 ああ、もしかしなくても俺、死ぬんだ。と悟った。


 堪らず涙が出て来た。


 涙の意味を考える。


 彼女との死別がとても寂しくて、泣いているのだろうか。


 ――ねぇ、聞いてる?


 ふとした瞬間、落ち着きを払ったウミンの声が聴こえた。

 視界は失ったかのように暗澹あんたんとしているが、この声は確かに彼女のものだ。


 ――私のこと、今でも愛してる?


 ……愛してるよ。


 ――でも、『愛』って何だろうね。


 声は聴こえども、意識が酷く微睡む。


 ――私は愛について知らないことが多い。


 じゃあ俺が君の疑問に答えるよ。


 愛とは、涙するものだ。


 何ら根拠はないけど、俺は愛についてそう推察している。


 ――けど、私はやっぱり、アキを愛してるから。


「アキの俺カルチャーを、今日になって最後まで読んだんだ。貴方の想いが伝わって来る凄くいい本だと思う。悔しいのは、私の作品よりも売れ行きが好調みたい……いいんだよ誇っても……いいんだよ、っ、泣いても」


 言葉に詰まる彼女の声なんて、初めて聞いたよ。


 先程の愛についての推察を考えるに、俺は彼女から愛されていたようだ。


 そう思うと……やはり涙がでてくる。


 彼女と出逢った当初こそ、まさかこんな日が来るとはつゆほど想ってなくて、大学の講義室の片隅に戸惑いながら一人佇んでいた彼女に、思い切って声を掛けたのは間違いじゃなかった。


 それでも俺は君との出逢いから人生やり直したいよ。


 それが正しいとか、間違ってるとかじゃなくて、偶には違った生き方をしてみたい。


 そう思うんだ。

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