愛のカルチャー その5

 某日、東京の空は今年二度目の粉雪が舞っていた。


 灰色の雲の下で、ひらひらとその身を揺らせながら重力に引かれ、地に落ち行く粉雪は一度強風が吹き荒べばまた空を昇る。凶兆とも、吉兆とも呼べない自然の景観を見詰めて……俺は。


 俺は、彼女のことを考えている。


 グローブをつけた手の甲に、舞い落ちる雪を乗せ、白が溶けて黒色と同化してゆく風情に、なんとなくだが『朱に交われば赤くなる』という諺を連想しつつ、やはりウミンとの将来を思案するのだ。


 元来から俺の習性はなるようになる、であれば特だった緊張感はない。


 鈴木多羅と購入したエンゲージリングは彼女の指に似合うだろうか?


 心配らしい心配と言えばそれだけだった。


 ◇


 外の寒気によって吐く息も白くなっていたが、室内に入ればそれもなくなる。


 バレンタインデー企画の撮影現場に着いた後は、調理服に着替え現場入りした。


 撮影現場は某所のクッキングスタジオで、バレンタインデーの企画と言うことでスタジオセットも『愛』をイメージして赤を基調にした造りになっている。数台あるカメラの前には調理用のキッチンセットがあった。


「三浦先生、本日は中々に楽しい映像が撮れそうで、プロデューサーもそこはかとなく喜んでいるようでしたよ」


 鬼畜担当編集であり、彼女の実弟であるトオルさんの表情は朗らかだった。


 今回の進行役もトオルさんだから、今日は彼も平服だ。


「お互いに馬子にも衣裳って感じですねぇ、それで先生、例の計画なんですが」


 トオルさんと密かに段取りを打ち合わせしていると。


「千年千歳先生が現場に入られましたー」


 次いでウミンも現場入りして、スタッフから暖かい拍手によって出迎えられる。


「二人が仲良さそうで、軽く殺意が湧くね」

「誤解だよ姉さん、三浦先生と僕はそんな関係じゃない」


 そうだそうそう、俺とトオルさんの関係は。


「三浦先生と僕の関係は前世から続いている赤い糸で結ばれた運命の人なんだよ?」


 ……そうだ、そうそう。


 彼女は実弟と、恋仲である俺とのパッションな告白を受けると、眉根を顰めて口に手を当てつつ、立ち去った。まさか本気にした訳じゃあるまい? ウミンはその足そのままに彼女の担当と一緒に挨拶周りしていた。


「三浦先生、当事者以外で言えば、今日誰よりも緊張してるのは僕です」


 俺はそこまで緊張してない、が、緊張してないと言えば嘘になる。


 そんな感じだった。


 ◇


「皆さま、今宵バレンタインデーをいかがお過ごしでしょうか。恐らくこの動画を視聴して下さっていると言うことは、僕と同じく独りでスルメイカでも千切っては口に運んで、ああ、これがファーストキスの味、なんてしょーもない妄想を繰り広げていることでしょう」


 その後、つつがなく撮影が始まる。

 トオルさんはオープニングから視聴者を煽るスタイルを徹底するようだ。


「本日は当番組を視聴してくださり、誠ありがとう御座います。自己紹介が遅れましたが、私、去年発売された無能才人先生のデビュー作『俺カルチャー』の担当編集やっております本間トオルと申します、そして!」


「恐らく大体の人が初めてだと思います、作家をやっている千年千歳です」


 ウミンの挨拶に倣って、俺も手短に挨拶してから番組が始まる。


 かと思いきや、トオルさんは俺とウミンに小道具を手渡した。


「ご説明いたしますと、今日はお二人の仲にちなんだバレンタインデー企画です。チョコレートを作り、最終的に食べ比べするのですが、それだけじゃ詰まらんと僕は思った訳です。でも予算が足りないし、どうしようと頭を悩ませ、知恵を振り絞った結果、今お渡ししたイエス・ノーの札を使って、料理の途中、お二人に色々と質問して行こうかと」


 これはこれは、長々としたご説明ありがとうございます。


 でも聞き辛いことにはスルーするから覚悟しておけよ?


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