愛のカルチャー その4
翌日、亜麻色の髪を携えた鈴木多羅と繁華街の最寄り駅で待ち合わせた。
彼女はすらりと伸びた四肢も特徴的だ。
だから彼女を見つける記号として、『優れたスタイル』という単語は外せない。
「こっちだ三浦くん」
「ああ、そっちか」
挙動不審な感じに周囲を見渡していると、彼女は待ち合わせ場所にやって来るのだが。
この時点で待ち合わせ時間を45分も過ぎている。
「……今日は」
「君は時間にルーズだな」
「ん? たまたまだよ、今日はちょっと途中でめまいがしてな」
相手は身重だから、下手にストレスを掛けることもためらわれる。
「それよりも三浦くん、今日の予算はどれくらいだ?」
「あまり大きな声で言えないけど、百万ぐらい」
「おぉ! 凄いな。海のためとは言え、見直したぞ」
大金を持参してどこへ行くのか気になる? 今日は鈴木多羅の呼びかけでウミンにプロポーズするための道具――エンゲージリングを購入するんだ。先月掛かった重版の印税丸ごと放出して、彼女への指輪を購入する。
もしも失敗した時は、指輪は鈴木多羅にでもプレゼントしよう。
少しでも生計の糧になるように、彼女の手で処分してくれればいい。
ジュエリーショップに向かう道すがら、今日のバイト料は指輪代の3%でいいからな三浦くん、などと彼女から世迷言を抜かされつつ繁華街のショッピングモールを警戒しながら歩いている。
「よく見たら、君が今着てるそれ、もしかして俺のアウター?」
「気づいてしまったか、中々気に入ってるよ」
俺の一張羅と言っても過言じゃない黒を基調としたブルゾンを鈴木多羅は見事に着こなしていた。俺より様になっているから彼女にあげよう。だがしかし、その代り今日の君の働きには期待している。
指輪選びは最終的に俺が結論を出すけど、彼女の意見は尊重しようと思う。
「着いたな」
「ここか」
エンゲージリングを購入しようと彼女に連れられたお店は、高級感溢れる骨董屋みたいな佇まいだ。地面は鏡面張りの大理石が敷かれ、この間テレビで見た知識を汲むと、恐らく天然物を使っているのだろう。
年代を感じるシャンデリア、ショーケースを支える木製テーブル。
店内の至る所にアンティーク調の小道具が見受けられた。
「いらっしゃいませ、本日はどんなご用件でしょうか」
「今日はエンゲージリングを買いに、こっちの彼が明後日プロポーズするからそれ用の」
「畏まりました、では席にご案内させて頂きますね。こちらへどうぞ」
俺たちに対応してくれた店員さんは円熟している女性だった。
席に向かうまで、展示されている宝石の値札に目を光らせる。
「エンゲージリングをお求めとのことですが、ご予算はどれくらいを想定していますか?」
「百万だ、相手は影が薄いから、出来れば指もとでひっそりと主張する指輪がいいと思ってるんだ。こう、薬指を一瞥しただけで、こいつは出来る、こいつは出来る女なんだ、みたいな」
……鈴木多羅は何を言ってるんだ?
彼女の独特な価値観、説明に向こうも困惑しているぞ。
「でしたら、こちらなどいかがでしょう」
と思いきや店員さんはさも「それ分かるぅ、つまりこーゆうことでしょ?」みたいな対応だ。
「ノリがいいんですね」
「そうですか? これは大きな声では言えませんが、お客様のような方がこの世にもっと多くいれば、私どもも仕事にやりがいを覚えますし、何より――彼女のためとは言え百万円も出費する方はそうそういませんから」
つまりエンゲージリングに百万も懸ける人間は非現実的なんだろうな。
「いいんじゃないか、三浦くんは稼げるうちは稼げるだろうが、絶頂期を過ぎると途端に何もしなくなるタイプと見た。今がその絶頂期だとして、君が海に人生を懸けているいい証拠となるよ」
「人を勝手に嫌な分析に掛けないように、気分悪くするだろ」
俺の夢は生涯現役でプロ作家を続けることだ。
でも、ウミンはどう思ってるんだろう。
作家に定年なんてないけど、彼女だったら「定年までやるよ」とかって言いそうだ。
彼女にその台詞を口にさせる相手は、是非とも俺であって欲しいよ。
そうなるように、明後日まで出来る限りのことはしよう。
人智を尽くす、という言葉にはワナビの時に飽きてしまったが。
今日家に帰る前に、両親の好物でも買って行く所から始めるか。
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