愛のカルチャー その3

「よし、これで脱稿」


 サイン会の後日、あれからの俺の筆は順調だった。

 今は好調と言っていいほど、気力、体力的に申し分ない。


 あとは、明々後日に迎えた例のバレンタインデー企画の準備をするだけだ。やっぱりバレンタインデーの企画なのだから、チョコを湯煎に掛けるぐらい出来るようにならなくては。


 そんな折に彼女からSNSで連絡が来た。


『お疲れ様、アキの調子はどう? 最近寒いし風邪引いてない?』

『いや特には。そっちの方こそ、首尾はどう?』

『まぁまぁ、多羅も母子共に健康そうだし、私も特に体調崩してないから』


 それは良かった。

 心の底からそう思えるほど、彼女に好意を抱いていた。


『いよいよ三日後だな、例のバレンタインデー企画』

 心なしか、今は鬼畜担当編集への感謝の念が絶えない。


『アキは私からチョコレート受け取ってどうするの?』

 どうするのって、そりゃ、もごもご。


『もちろん美味しく頂くし、何よりこの経験を一生大切にしたい』

『ふーん』

『ドライな反応だな、この企画が嫌なら嫌って言った方がいいよ』

『嫌なのは締め切り、別に企画自体は嫌いじゃない』

『締め切りか、俺に出来そうなことがあったら言ってくれていいよ』

『いつか私と共作する?』

『それ、面白そうだな』


 大学当時の俺であれば拒否していただろう提案に、思わずにやけ面を浮かべる。


『それにしても、私も貴方も大学の頃から変わったよね』


 ああ、確かに。

 大学当時の彼女はバレンタインデー企画を引き受けるような陽キャじゃないし。

 大学当時の俺は、現在いまほど夢を見てなくて。


 進路もどこか適当な会社に入れればいいなと思っていたぐらいだ。


 いつ頃からだろう、小説家、それもプロの小説家に固執し始めたのは。

 だから俺は彼女が好きなんだと思える。


 ウミンと会話していると、俺カルチャーの執筆材料が次から次へと湧いて来る。二人が再会する前に思い描いていた、彼女と俺の人生をなぞらえたかった情動は、あの時想っていたとおり、楽しいんだ。


 ウミンとの掛け替えのない経験に頭を沸騰させるほどの喜悦が押し寄せると。


『三浦くん、ちょっといいか』


 今度はウミンの同居人である鈴木多羅から、連絡が入ったのだ。

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