実に俺らしい

 トオルさんと書店巡りを終え、ある店舗で俺のサイン会を行うことになった。


 サイン会の前日、トークするためのエピソードが足りてない不安に駆られ。


 今は『俺カルチャー』には載せていない、三浦彰の過去を顧みていた。


 大学時代に話を戻そう。


 と言っても、これは彼女と俺の恋愛骨子の話などではない。


 渡邊先輩の話だ――


 ◇


「先輩は何でも知ってますね」

 当時の俺はろくな見識もなく、文芸サークルに顔を出してはいつも渡邊先輩から真新しい情報を得て、それが世界の真実だと信じて疑わなくて。今考えても馬鹿正直すぎた。


「三浦は物事を知らなさすぎだろ、それでよく作家になろうなんて思ってるな」

「俺が執筆で重視してるのはエネルギッシュな躍動感を」

「はいはい」


 サークルの部室で部員たちと談話していると、顧問である教授がやって来る。

 当時の顧問である教授は渡邊先輩の父親だった。


「エイジ、例の話は駄目になった」

「は? なんでだよ」

「理由は母さんに聞いてくれ」


 教授は手短にそう告げ、部室を立ち去る。

 室内は嵐が去ったかのような静けさに包まれると――


「……っんでだよ」

「どうかしたんですか先輩?」


 教授と会話し、ふさぎ込むように視線を落とした先輩に俺は普段通り聞いたら。

 あろうことか、先輩は癇癪を起こし、俺を殴り飛ばした。


「っ、テメエはいいよな三浦……! お前は俺にないものを全て持ってやがる」

 今でも、先輩があの時吐いた言葉を覚えているが。

 その内容は憶測ぶむことすら及ばない。


 さらに先輩は萎縮して動けずにいた俺に馬乗りになって追い撃ちを掛ける。


「いかにも幸せそうで! 気に食わねぇお坊ちゃま面してよォ! 俺はお前が大嫌いなのにっ、テメエは天然で、まったく気づかなかったよな! いつも俺がテメエの面見て反吐が出る思いだったことによ!」


 先輩が言ってることに、俺は当然のようにショックを受けたさ。

 けど俺の身体は習性的な反射力で、先輩の暴力に反攻して。


 馬乗りになっていた先輩を巴投げの要領で強引に投げ飛ばした。


「やめろよ渡邊!! 見苦しいというか、傷害事件だぞ」

 様子を見ていた他の先輩たちが制止して、俺が殴る前に乱闘は終わり。


 先輩は襟を正しながら、部室にいるメンバー全員を睨みつけ。


「お前らもいつまでもうだつの上がらない小説ばっか書くの辞めろよ! いいか? 俺はお前らのためを想ってはっきり言っておくぞ? ――小説は、金になんねぇんだよ!!」


 文芸サークルのみんなに怒鳴りつけるよう失意を叩きつけた。

 サークルの中で誰よりも血が昇っていた俺は。


「っ例え金にならなくても、小説は書き続けてなんぼなんだよッ! いいじゃねぇか! 金にならなくても! むしろ小説を金儲けの道具としか見れない先輩の頭を疑いますよ!」


 いたく幼稚で、心にも思ってない反論をしたんだ。


「……いかにも、お前らしい意見だよな三浦」


 そう言うと先輩は部室から立ち去り、退部届も出さないまま二度と来なくなった。


 以来、俺はあの人に対して悪い印象しか残ってなくて。

 再会するあの日までずっと忘却していた。


 でも俺は思うんだ。


 先輩は最後、俺に悪態を吐いていたけど。

 再会した時、先輩を見た俺は彼のことが懐かしくてしょうがなかった。


 過去の遺恨を一切忘れて、出逢った時のように鷹揚な態度だった先輩を見て。

 俺は軽く感動していたような気がする。


 生きてまた先輩と会えて、嬉しかったのかも知れない。


 あれほど嫌悪をあらわにされた人に対してそういう感情を覚えるのは。

 実に、俺らしい。

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