どうしてなんだろうな
愛猫が死んだ後、執筆を通じて思弁している。
一人自室に籠もり、年季の入ったアームチェアに腰かけて執筆しているが、今年の冬はもの悲しいほどに寒く、くるぶしを主体とする足の側面が酷く冷たかった。いつもだったら愛猫の体に足を埋めている頃合いだ。
猫とはいえ、ニート歴の長かった俺と彼女は相即不離の関係だった。
愛猫が居なきゃ今の俺はいないし。
彼女と過ごした十八年の歳月は、きっと幸せだったのだろう。
「……俺は、生涯現役で、物書きやっていたい、んだよな?」
そう独り言つ。
俺の人生において初めての後悔だよ。
惰眠を貪ったがために、愛猫の最期を看取ることが出来なかった。
そんな時――ッ、ッ、ッ。
部屋の面積を極端に占領しているベッド。
そのベッドの枕下に放置してあったケータイがバイブった。
「……もしもし」
『おう、三浦、元気か?』
電話の相手は凛々しいようでも、若干枯れた男の声だった。
「
『お前の方こそ元気そうで何より』
「先輩がお世辞言う日が来るなんて、俺感激してますよ」
『俺だって、まさかお前が嫌味利かせて来るなんて感動だよ感動』
のように、俺と渡邊先輩の関係は存外友好なようだ。
『この前は本間とのデートを邪魔して悪かったな』
「あー、いいんです。俺たちは結果的に」
結果的に……この場合なんと言えばいいんだ?
破局しました? も違うし、倦怠期を迎えました、も違う。
でもどちらにしろ終わってるんだよなぁ。
「それよりも先輩、今回電話して来た理由は?」
『おう、それでこそ三浦だ。お前の前置きを抜きにした本音暴露スタイルは好きだぜ』
渡邊先輩は大学時代、俺を子飼いにしていたからな。
俺は先輩の素質、教養、努力、そして筆力に羨望していた時期があった。
だから先輩から無理難題を吹っ掛けられようとも、当時の俺は頑張ったよ。
先輩はあることを機に文芸サークルを辞めてしまって、酷く失望したものだ。
『今回お前に電話したのは、俺の投資話に一枚噛まないか? 実はあの時、偶然を装ってお前らに近づいたのは融資を募るためだったんだよな』
先輩への失望は昔から変わってないようで。
俺は元気のない声音で投資に回すほどの余裕がありませんと答えた。
『何か辛いことでも遭ったのか? 声に覇気がないぞ三浦』
「……実は、先輩に折り入ってご相談がありまして」
『おう、ならどこかの喫茶店で話そうぜ』
「分りました、日取りは先輩が決めてくれていいです」
『分かった、次の休みにお前とのデートをセッティングしておくな』
それじゃ、と言い電話を切る。
無論のように、先輩の投資話に乗るつもりはなくて。
けど、渡邊先輩はああ見えて人情に篤い人だ、だから。
彼なら愛猫の死に際した俺の反応を明答してくれるんじゃなかろうか。
愛猫が死んで、どうして涙が出なかったのか。
涙が出ないのに、どうして愛猫の死を引きずっているのか。
どうしてなんだろうな。
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