未来のカルチャー
死せる愛猫
僅か一ヶ月弱で実家に出戻った俺を、両親は訝しがっていた。
しかし逆にこう考えて欲しい。
何ら将来性のない同棲生活を、俺は僅か一ヶ月弱で終わらせた勇者だと。
鈴木多羅をあの家に連れ帰った後、荷物そのままに実家に戻ると。
『心配掛けさせないでよ、タラと同じ展開だったから胆が冷えた』
すかさずウミンから電話が掛かって来る。
釈明するわけじゃないけど、なぜあの家から去ったのか、その理由を説明した。
『どうして?』
「ずっと迷ってたんだ、俺は君とこのまま付き合ってても――」
付き合ってても、利害関係を追及しているように思えて。
『そんなことないでしょ』
「……そうかなぁ?」
『そうでしょ』
「本当に?」
『まぁいいよ。アキがどう思ったか知らないけど、多羅が妊娠している以上こっちも無理に引き留められなくなっちゃったし』
「ほらぁ、だからさぁ、俺は鈴木さんの代わりじゃないんだし」
彼女と別れ話の一つでもするのかと思いきや、女々しい御託を並べたのは俺だった。とにかく、鈴木多羅が出産し、容態が安定するまで俺はあの家に帰らないことを、その話し合いで取り決めた。
けど、様子がおかしいんだ。
我が家の愛猫がその日から数日、何も口にしなくなった。それとなくチャットでそのことを打ち明けると、猫は死ぬ直前、外敵から身を守るために人目から遠ざかるらしい。愛猫もその兆候を示していた。
愛猫は自分の死を悟るように、家の死角で息を潜めている。
だから『明日、目が醒めたら、死んじゃってるかも』とチャットに書き残した。
縁起でもないその言葉は翌日真実となって、俺に襲い掛かる。
六時頃、目が醒めて渇いた喉を潤そうとリビングに行った時、愛猫はまだ生きていた。
普段は白い眉根が、黄色に変色していたが、彼女はまだ生きていたんだ。
そして頻りに鳴き声を上げ、俺に苦しいと訴えていた。
彼女の鳴き声によって起きて来た母が水を与えていた。
俺が生きている彼女を見たのはそれが最期。
二度寝して、八時頃に目が醒めると、母の口から愛猫の訃報を聞く。
彼女は段ボール箱の中で息を引き取り、俺は数秒ほど彼女と対峙した……でも。
でも、愛猫が死んだというのに涙は一向に出て来ない。
今は涙が出て来ない理由を追究しようと筆を取り、思弁を重ねていた。
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