きっと好きだった・急
「それじゃあなアキ、また気軽に沖縄に来いよ」
「またなイッキ、もしも東京に出てくる時は連絡してくれよ」
トオルさんと思い付きのまま繰り出した弾丸旅行の目的を果たした俺は、翌日の一月三日に帰ることになった。トオルさんはまだ沖縄に居たいと言い、後から一人で帰る予定らしい。
イッキに見送られ、飛行機の二人席の窓側に腰を下ろした。
「……三浦くん、私は彼女から恨まれてないだろうか」
「さあ」
隣の席には件の鈴木多羅が座っている。
ろっ骨まで伸びた亜麻色の髪からはいい匂いがして。
彼女は少しお腹を気にしているようだった。
「会いたいようで、会いたくない」
その台詞にデジャヴュを覚えた俺は、不意に安堵の色をこぼした。
ウミンが大学時代から使っていた口癖は、彼女譲りのものだったのかな。
「大丈夫だと思うけど? 彼女は君のことを特に引きずってない様子だった」
「尚更じゃないのか」
でも、君には行き場がない。
この言葉はいささか配慮に欠けると思い言わないでおいた。
だが、これが彼女の実情だ。
聞けば彼女はウミンと一緒に暮らしていた時、色々と頼ってしまったらしい。
そのことに罪悪を感じながら今まで暮らして、逃げるように一人立ちを決意した。
「俺も他人のこと言えたものじゃないから、お互いに彼女に迷惑掛けないようにしよう」
「それでも海には三浦くんみたいな存在が必要だ」
「別に俺じゃなくたっていいってことだろ? 俺達は成り行きで付き合ってるだけだ」
俺と鈴木多羅、両者の不安を抱えたまま飛行機は東京に向けて離陸する。
鈴木多羅が彼女の所に戻れば、あの家は途端に住みづらくなるだろうな。
少なくとも、セックスすることはなくなりそうだし。
これまでは、俺が彼女の心の拠り所くらいにはなれていたかもしれない。
しかし、鈴木多羅が帰省することで、俺の価値もなくなる。
だから飛行機に乗っている間、盛大に逡巡していた。
――このまま彼女との関係を保つべきか。
――それとも彼女との関係を潔く終わらせるべきか。
直ぐに答えを出さずとも、鈴木多羅を連れて帰れば彼女の方から切り出してくるかもしれない。けど、その杞憂は帰宅後、ウミンの反応を見たら払拭されたよ。
彼女から貰った合い鍵を使い、玄関を開けて家の中に入った。
俺も鈴木さんもいくばくか緊張した面持ちでいたと思う。
リビングに向かうと、ウミンは掘りごたつに座り、変わらず作業しているようだ。
「お帰りアキ」
「ただいま、沖縄土産買っておいたから」
「ありがとう」
隣に鈴木さんがいるのに、彼女は背中を向けて作業している。
察するに、彼女は鈴木さんをトオルさんと取り違えていた。
「ウミン、ちょっと用があるから手を止めてくれないか」
「一区切りついたらね」
「……まぁ、それでもいいか。折角ウミンのルームメイトを連れ帰ったんだけどな」
「……は?」
思わせぶりな台詞を言った瞬間、彼女は頓狂な声を出しながらようやく鈴木さんに気付いたようだ。そしたら、彼女はむせび泣きし始めて、鈴木さんはウミンを両手で抱きしめる。
「そんなに泣くなよ、泣いたって、私にはどうすることも出来ないじゃないか」
ウミンの感涙に、先ほどまで逡巡していた杞憂はすっかり消え失せた。
俺との再会の時、彼女はこうも感情を顕わにすることはなかった。
その事実が、俺に彼女との関係を終わりにさせた方がいいと思わせ。
俺に、この家から去る決断をさせたのだ。
「海、私は今お腹に子供を身籠っているんだ。良ければ名付け親になってくれないか?」
「ちょっと、待って、唐突過ぎて、っ、事態が飲み込めない、っ」
「お前がいつも言っていた三浦くんが、私達を惹き合わせてくれたんだ」
「……っ!」
彼女は一向に俺を見ようとはしない、きっと泣き顔を見られるのが嫌なんだ。
俺と彼女はそれが分かるぐらい、通じ合えたんだけどな。
人生往々にして上手く行かないものだ。
「アキ、ありがとう、――っ……ありがとう」
彼女は鈴木多羅に抱き付いたまま、俺にお礼を連ねていた。
俺はそんな君に、ただ感謝したい。
ウミン、今まで本当に――――ありがとう。
今の俺はきっと、君のことが好きだった。
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