自筆への失望

 彼女から唐突な同棲の申し出を受けて、俺の心は低迷している。


 それは、彼女から突き付けられた現実だった。


 現実的に考えて、俺の行く先は誰も幸せに出来ない。


 それが現状の三浦彰で、それが俺カルチャーの次のテーマとなるだろう。


 思弁しているだけでは、辛辣なるこの試練げんじつは突破出来ない。


 ウミンと一緒に昼食を摂っている中、話題として上がったのが置いてけぼりにした渡邊先輩だった。あの人執拗な性格してるから、俺たち絶対恨まれるぞと、彼女に注意喚起を促す。


 ウミンは俺の話に静かに応答するよう、和風ハンバーグを食べていた。


「久しぶりに食べたけど、美味しいね」

「確かに」

「アキはこの後どうするの?」

「今日は一日自由、だから、他にもしたいことあれば付き合うよ」

「なら映画観に行かない?」

「映画? いいけど」


 あの後は映画館で二本ほど映画を鑑賞し、作品から感銘を覚える。

 ウミンはそのまま帰らせてくれなくて、飲みに行こうと言うもので。

 互いにお酒はそこまで好きじゃないのは判っているのに、結構飲んだ記憶あるな。


 俺の記憶違いであればいいが、飲んでいる最中俺は彼女からある提案を受けた。


「……記憶違いなもんか」


 意識が覚醒すると、映ったのは知らない部屋の景色だ。

 ここはどこだ? 混乱した記憶をいくら辿っても、何も判然としない。

 俺は、知らないベッドで上半身を起こした状態だった。


 周囲を見渡すと、ベッド向かいの壁際には一面の本棚が飾られてある。歴史の書物からファンタジーの生い立ちハウツー本など、置かれている本から彼女の嗜好が垣間見れる。


 ベッド脇にある猫用の暖房カーペットでは二匹のマンチカンが暖を取っていた。

 この二匹に、やはり俺は見覚えがない。


 頭痛を帯びた胡乱な脳細胞を揺さぶると、次第に身体が冷えて来た。

 何故、俺は裸身なのだろう。とりあえず床に落ちてあった俺のらしき服を着て。


「……ウミン、どこにいるんだ?」


 寝室から出ると、当たり前だが廊下に突きあたる。


「……ウミン?」


 僅かな物音を頼りに、階段を伝って一階のリビングへと向かう。

 彼女はテレビが設置されている一角の斜向かいにある掘りごたつに座っていた。


「起きた?」

「あうん、起きた」

 で……うん、何でもない。


 時計を確認すると、今は午後一時半。

 両親に電話して、とりあえず友達の家に泊まってると嘯いた。

 その嘘を傍らで聞いていたウミンは席を立ち、コーヒーを淹れてくれる。


「昨日は泊めてくれてありがとう」

「どうも、お代は貴方の体でいいから」

「か、らだって」

「性的な意味じゃなくて、同棲の約束を守って貰いますって意味で」


 …………しばらく考えたかった。

 けど、彼女は猶予を与えてくれないようで。


「引っ越しの準備したら? 同棲場所は自ずとここになるんだろうし」

「あ……うん、そうするわ」


 やっぱり、あの頃と比べて俺の立場が雑魚過ぎる。


 ◇


「へぇ、それで今は姉と同棲してるんですか、へぇ」

「ここは会議室だとは言え、ちょっと声が大きくないですか?」


 後日、次作の打ち合わせのために出版社で働くトオルさんのもとを訪れた。

 手っ取り早く、俺がこれまで書いたものを読んでもらうと。


「没ですね、これじゃあ売り物になりませんよ」

 !?

「どうしてですか?」


「どうしてと言われても、詰まらんからですね」

 !? !? !?

「ぐ、具体的にどこが悪いとか言って下さいよ」


 これは俺なりの反抗だった。

 編集で、しかも没を言い渡すのなら、指摘を貰わないとこちらも困る。


「うーん、具体的に思ったのは、三浦さんはどうして姉と同棲しようと思ったので?」

 どうしてって、そりゃ。


「好きだからですよ」

「じゃあお聞きします、没にした原因はそこなんですが」


 固唾を飲んでトオルさんの言葉を待っていたのだが。

 トオルさんから受けた指摘に、俺は言葉を失くすどころか――


「三浦さんはなぜ本間海が好きなんです?」


「……なぜ?」

「三浦さんが上げた原稿の中にはどこにもそれが書かれてない、だから没なんです」


 俺がなぜ、彼女を好きなのか? だよな……。

 考えても、理由を口にすることは適わなくて。

 俺は刹那的に悟ってしまったのだ。


 俺こと三浦彰は、人を好きになる感情を理解出来てない。

 俺には恋というものを理解出来ない。


 それに気付いた俺は、『俺カルチャー』に綴った一文に酷い失望を覚えた。

 どうして俺は、彼女を好きだったと嘘を吐いたのだろう――。

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