ただ侭に
「素晴らしい手並みだね」
「いつまでもウミンに負けていられないからな」
「その調子でこっちもお願い」
これはウミンとの同棲生活も彼是二週間目に突入した頃の話だ。
俺たちの間では今年最後の栗ブームが起きている。
元々俺の母親が栗が好きで、同棲生活の足しにと送って来たのが切っ掛けだ。
送られた栗全ての皮むきを終えると、甘露煮の調理を開始した。
ただでさえ味わい深い栗色が、砂糖とみりんと塩で煮込まれることで黄金色の甘露に変わるのだから、人類が生み出した『料理』という発明は偉大過ぎてこちらとしても低頭する限りだった。
その後、共同作業を終えた俺達は各々の指定席へと向かった。
ウミンはここの家主なので、リビングの掘りごたつの上で仕事をしている。
一方の新人作家の俺はと言えば、別室で俺カルチャーの次なる展開に頭を抱えていた。
俺が彼女を魅力的に思おうとも、それは恋ではないことはわかった。
だとしたら、長年彼女に寄せてきた想いは単なる劣情だったのか。
自問自答の繰り返しで、作業の不毛さにいささか思考が停滞している。
トオルさんから言い渡された締め切りは今から二週間後。
俺はあと二週間、死に物狂いで売り物を書かないとならない。
彼女は彼女で修羅場の真っただ中であるし。
「……何のために、ウミンと同棲し始めたんだろうな」
と、独り言つようにこの家に飼われている猫のプリンとミカンに語り掛けた。
プリン達を見ていると、実家でぬくぬくと寝ているであろう愛猫を思い出す。
「ミャー」
すると薄茶色の耳を持ったミカンがご飯を欲しがるように鳴く。
ミカンの声に釣られてプリンも思い出したかのように餌をねだり始めた。
二匹を連れてリビングに顔を出すと、彼女は相も変わらず黙々と仕事している。
紺色のカーディガンを羽織り、気分転換にいつでも寝られるよう仕立てられたエメラルド色のシルクのパジャマを着て、彼女は着実に一文一文を積み重ねている。その姿は正に職人。
今横やりを入れようものなら、彼女はそそくさと俺をここから追い出すだろう。
「……ありがとうアキ」
「ん? いや、このくらい」
プリンとミカンにご飯を与え終えると、ウミンはこう言っていた。
◇
それからの俺は、低調する作業を紛らわすように家事をこなしていたよ。
出来得る限りの家事、例えばプリン達の世話はもちろん。
掃除に洗濯。
炊事の方はまだまだ勉強中だけど、いつか世の主夫に負けないぐらいになるだろ。
『じゃあそれでいいですよ、とにかく姉との生活を一部始終網羅してください』
「はぁ、しかし彼女と俺にもプライバシーがあって」
『三浦先生はプライバシーを売るご職業ですよね?』
「人のプライバシーが売れるのなら、みんな小遣い稼ぎにやってますよ」
掃除していると鬼畜担当編集から進捗確認の電話が掛かって来て。
プライバシー保護の大切さを悟らせる。
「トオルさん、締め切り守れなかったらどうなるんですか?」
『最悪の場合、三浦先生はうちとの取引が今後なくなりますね』
心臓に冷ややかな衝撃がくだり、危機感がむしょうに募った。
「アキは締め切りやばいんだ」
電話を終えると、彼女が背後からやや高揚気味の声音で俺に語り掛けた。
「ウミンの方は?」
「今脱稿したよ、後は出版社にお任せ」
「…………」
まるで、酷く羨むような沈黙をつくり、しばらく彼女と見つめ合った。
この時の俺の姿は彼女の目にどう映っていたのだろう。
彼女の慈悲深い瞳をみるに、自然と自照を促され、俺の惨めな姿を想起する。
ともあれ、俺たちは互いに心を震わせるようキスをした。
そしたら――
「私、アキの原稿見ちゃったんだ」
原稿? 原稿ってまさか。
「書かれていた一文に、動揺したけど、感銘を覚えた。私もアキと同じ心境だったことが、とても悲しかった……それまでの私はアキが好きだったけど、気付いたんだ。私もアキが好きだったという、――嘘を吐いていたことに」
どうやら彼女は『あの原稿』を読んでしまったらしい。
そして俺同様に、好きという感情に付いて慮り、彼女もまた悟った。
俺達は人を好きになる気持ちに気付けないまま、同じ屋根の下で暮らしている。互いに好きだったなんて嘘を吐き合い、話題作りのために世間を欺いていた。酷く、欺瞞的で、このことが知られれば信用を失い、明日の我が身はどうなるか知れたものじゃない。
けど、結果的にその悲観は俺の後押しをした。
彼女の腰にやっていた掌が熱を帯びて。
触れるだけで接合部が溶けそうな錯覚を感じ。
そのまま俺たちはベッドの中で睦み合う。
それはまるで、このまま世間体を取り繕い通そうとする酷いエゴが見えるようだったけど。
今は何も感じず、無責任な侭に、ただ彼女を抱いてみたかっただけだ。
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