懐かしきサークル
ウミンは渇いた喉を烏龍茶で潤いしつつ、
俺はどうしてたかって?
俺は今、現在進行形で現実逃避中なうだ。
現実逃避の一環で天井を見上げると、晴雨兼用の紅白テントの屋根裏に視線が突き刺さる。冬晴れの陽光がテント越しに淡く感じられ、耳朶には学園祭に興じる来場客の賑やかな声が届いていた。
「お前ら今日は空いてるのか? 久しぶりに会ったんだし、今日は俺の奢りで飲み明かさないか?」
「私達、今日はデートなんで」
「ふーん、人生の先達として言わせて貰えれば、お前達はまだ若いんだ」
だからそう早急に物事を判断するのは悪癖だぞ。
と彼は言うが、先輩は俺達と二歳しか変わらないんだし。
「二人とも、これ食べ終わったら文芸サークルに顔出しに行きませんか?」
「止めてくれよアッキョ、俺はあのサークル大、嫌いなんでな」
殊更言えば俺の提案を即座に否決するあなたは他人のこと、言えたものじゃない。
「アキは天然だしね、でも私達はサークルに顔出しに行くんで」
「過去の栄光に縋って大学から予算巻き上げてるあんなサークル、クソだろぉ」
などと、先輩は早速のたまっている。
若干酒臭いし、そして――
「クソだろぉ…………」
「先輩? もしかして寝ちゃいました?」
「行こうアキ、面倒なことになる前に逃げよう」
お、おう。
彼女の言う通り、ここは逃げよう。
先輩がこの後、何かしらの騒ぎをおこしたら俺たちも危ないが、今は逃げる。
さらば渡邊先輩、貴方がかつて俺を裏切ったように俺も貴方を裏切る。
◇
その足で文芸サークルに向かうまで俺と彼女はしばし無言だった。
下手に声を上げて燥いだら見っとも無い年齢だからな。
文芸サークルはこの学園祭で独自の賞を設け、出展しているみたいだった。
秀逸な作品は俺たちが在学中の頃から発行していた同人誌で掲載され。
かつて掲載された作品には書籍化されたものもあると、パンフに書かれている。
「書籍化されたものってさぁ、きっとウミンの奴だよな?」
「運が良かったとしか言いようがないけどね」
パンフレットにはサークルから輩出したプロ作家の名前がきっちり羅列され。
中でも彼女のPN『千年千歳』の名前は一番大きなフォントで描かれている。
おかしいな、俺のペンネームはどこにも載ってない。おかしいな(棒)。
サークルの部屋がある部室棟は大学の東側に位置する。
風水学的に東は『若さ・挑戦』を象徴しているから東側に建っているらしい。
「へぇ、それは知らなかった」
「どうってことない雑学だけどな……ウミンはその後の様子はどうだった?」
「私は、大学を辞めた後は猫を飼い始めたよ」
彼女は在学中にプロデビューを決めたが、ある事を機に中退している。それは俺たちがこの大学の三回生だった頃の話。詳細は知らないけど、一番仲良くしていた女子生徒が辞めた煽りは、なくはなかったと思う。
「今は実家? はないか」
「一人暮らしだよ、一応」
「俺は実家住まいだよ」
仄聞した限り、彼女の実家は北海道だ。
仕事するにしたって関東圏に住んでいた方が便利だろう。
「……ふーん、昔と今と、アキは何も変わってないね」
「放っておいてくれないか。俺はたぶん、今が瀬戸際だから」
「瀬戸際? ふーん」
他愛ない世間話だけど、それでも妙に心は高揚してしまう。
やっぱり俺は今でも彼女が――好き。だからなのか?
部室棟に辿り着き、中に入ると、大学の創設者が残した金言を彫ってある銅板が視界に飛び込んで来た。
見受けた俺は懐古の念と、八年振りに訪れたことで新鮮な感情を覚え。
不意に、涙腺に込み上げて来るものを感じていた。
「文芸サークルの場所は」
「こっちでしょ」
「ウミンは場所覚えてるのか?」
彼女の記憶力には感服してしまうな。
にしても、彼女の先導で文芸サークルの部室に向かっているが。
触れれば壊れてしまいそうな彼女の華奢な体躯は、昔から変わってないようで。
脆そうなこの身体のどこから、彼女の創作エネルギーは湧いてくるのだろう。
「……やっぱりそうだ、千年千歳先生ですよね?」
「えぇ、そうです」
文芸サークルの部室前に着くと、恐らく現役のサークルメンバーが俺たちを出迎えた。
「本間トオルさんという方からご連絡があって、先生をずっと待ってたんですよ」
どうやらトオルさんが予めサークルに情報をリークしていたらしい。
あの人、清楚な見掛けとは裏腹に鬼畜だからなあ。
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