第9話 女の敵は、女。(後編)

 私は激怒した。

 必ず、この生意気にシリルと腕組みする姫を除かなければならぬと決意した。


 私が姫を睨み、姫は構わずシリルに身体を寄せ、シリルは狼狽えて姫を引き離すべきかどうか迷っている。


 そんな最中に、王の間の扉が開け放たれた。

 兵士たちがぞろぞろと王の間に入ってくる。


 王とその親族を惨殺した反逆者どもを捕縛しようというのだろうか。今さら?

 そう思っていたら、兵士たちはガシャガシャ音を立ててその場に跪き出した。


「シリル様、私たちは貴方にお仕えすることを決めました」


 兵士たちの中の隊長っぽい一人が声を響かせて宣言する。

 え、なに集団で命乞い? ……という雰囲気でもないっぽい。


「何故なら貴方はこの国から暴君を取り除いてくれた英雄なのですから!」


 なん……だと……


 兵士長が説明するところによると、今は亡き国王は相当評判の悪い為政者だったようだ。

 民に重税を課し、臣下にはちょっとしたことで拷問のような罰を与え、反逆者は片っ端から処刑していたらしい。

 片田舎の村から出てきた私は、この国の王がそんなに酷い奴だとは知らなかった。

 恐らくシリルも同じだろう。シリルは単純に私の為の復讐として王を殺した筈だ。


「貴方がこの国の新しい国王です」

「いや、困るんだが……」


 シリルは途方に暮れたように言う。


「それなら大丈夫です、貴公子様。私と婚姻を結べば誰も貴方が新しい国王に就任することに異論を挟めませんわ」

「そういうことじゃなくってだな」


 姫はいつの間にかシリルと腕を組むのを止め、淑やかな娘の振りをしている。

 兵士たちの前では本性を見せたくないということか。


 しかし不味いな。

 シリルがいつ気紛れを起こして私を捨て、姫の方を選ぶか分からない。

 その時に私に命がある保証はない。

 これは早急に手を打たねば……。


「――――!」


 その時、城の外から大きな声が聞こえた。

 大勢の人間が声を合わせて何らかの言葉を唱和しているかのような声だ。


「国の民らが新しい国王陛下の誕生を歓迎しています。どうぞテラスに出てご覧下さい」


 私とシリルは顔を見合わせる。

 そして兵士長に言われた通り、テラスに出てみることにした。

 その後ろを姫がしずしずとついてくる。


「新国王陛下万歳! 新国王陛下万歳!」


 王城前の広場は市民たちでいっぱいになっていた。

 その市民たちが声を合わせて古い王の死と新しい王の誕生を祝っている。

 どれだけ嫌われていたんだろう、あの王様。


 シリルがテラスに姿を現すと、市民たちの声は歓声に変わる。

 シリルがただの狂人でしかないとも知らず、市民たちは喜んでいる。

 彼の事を暴君に正義の鉄槌を下しに来た英雄とでも思っているのだろうか。


「わぁあああああっ!!!」


 彼らの歓声を浴びながら、私は一つの考えに達していた。


 れる。


 シリルとなら世界をれる。


 人というのは案外、圧倒的な力の前では細かいことを気にしないものらしい。

 シリルがその力を振るえば、間違いなくこの世界を支配できる。

 世界を手にしたシリルの隣にいるのは、きっと気分がいいことだろう。


 目下の課題はどうやってシリルに支配欲を沸かさせるか。

 そしてあの目の上のたんこぶの姫をどうするか、だ。


 私ならその二つを同時に解決する案を思い付ける。

 考えろ。考えろ……。


 *


 窓から見える月は少し欠けていた。

 ツカサたちが殺されたあの夜よりもほんの少し薄暗い室内で、私はシリルが来るのを待っていた。

 やがてドアが開き、彼の声が聞こえる。


「アリシア。改まって話があるって、一体どうしたんだ?」


 私はローブを翻し、振り返った。


「シリル――――私の為に、魔王を殺して」


 私の声が清かに響き渡った。


 この言葉に、シリルはむしろ落ち着き払って答える。


「アリシア。事情を話してくれるね?」

「ええ」


 シリルが私の話を嘘だと見破れば、私は殺されるかもしれない。

 或いはもう姫の方に心惹かれていれば、理屈など関係なく私を殺すかもしれない。

 でも私は確信を持って自分の作った話を始めた。

 シリルは必ず、私の話を信じてくれるって。


「王国が何故あんなに必死に私を求めていたのか、分かったの」

「それは一体、何故だったんだ?」


 一呼吸置いて、話の核心に触れる。


「私は、魔王の半身だったの」

「はん、しん?」


 魔王の半身――――もちろん私の嘘だ。


「ええ。魔界にいる魔王と私は精神的に繋がっている。それが、私が生まれつき自由自在に魔術を操れた理由だった」

「その半身っていうのは、一体何なんだ? 魔王とアリシアが繋がってるって?」


 話の核に私を据えればシリルは必死になってくれる。

 今回もそれは上手くいった。


「魔王の半身とは……魔王の花嫁であり、将来の魔王自身。魔王を殺さないと、私自身が魔王になってしまうの」

「……!?」


 シリルは混乱している!

 今の内に次の情報を畳みかけるッ!


「魔王は半身を己の外に造り出すという技で、永劫の時を生きてきた。魔王は数百年生きて寿命が残り少なくなると、この世界の何処かに生まれ出ようとしている人間の赤子の中に、自分の魂の半分を移すの。その赤子が成長したら魔界へと連れ去り、伴侶として娶る。そして寿命が尽きかけたその時にもう半分の魂を半身へと移し替え、今度はその半身が次の魔王となるの。もちろん元の人格は完全に消え去ってしまうわ」


「つまり……その魔王っていう奴はオレからアリシアを奪おうとしているっていうことか!」


 情報の海に翻弄されたシリルは、狙い通り彼にとって重要なことだけを耳に入れた。

 魔王を倒さなければ私が奪われる。その一事実だけを。


 この世界で一番大きな国と言えば、世界の半分ほどを支配する魔界だ。

 魔王を殺して魔界とこの王国がシリルの物になれば、もう世界の過半数をシリルが支配していることになる。

 そうなれば世界征服まであともう一歩だ。


「うん。私が今まで魔王に攫われなかったのは、勇者のパーティにいたから。でもこれからはどうなるか分からない。それに、このまま私が魔王に攫われないでいたとしても、時が来たら魂が満ちて私は魔王として覚醒してしまうらしいの」


「大丈夫だアリシア、君の為にオレは絶対に魔王を倒す!」


 シリルは私の身体を強く抱き締めてくれた。

 その腕の温かさにうっとりと心地よさを覚える。


「でもアリシア、そんなことを一体どうやって知ることができたんだ?」


 当然そこは疑問に思うだろう。

 むしろ聞いてくれてほっとした。

 シリルがそんなことにも頭が回らない馬鹿だったらどうしようかと思った。


「それは、聞いてしまったの」

「どういうことだアリシア?」


 さて、ここからは慎重に言葉を選ばなければ。

 インパクトを与える順番が重要だ。


「城の中で怪しい動きをしている人がいたから、後を尾けていったの私。そしたら、その人は水晶玉で魔王に連絡を取っていたの。そして魔王の半身……つまり私のことについて話していた。その時私は自分についての真実を知ることができたの」


「城の中に魔王のスパイがいたというのか? そいつは、一体誰なんだ?」


 シリル自らがスパイの正体を知りたがった。

 このタイミングだ。

 疑惑は吹っ掛けるものではなく、当て嵌めるものだ。


「それは――――この城の姫よ」

「なっ!? まさか王族が!?」


 そう、ここであの姫を魔王の手先だということにし、亡き者とするのだ。


「ええ、私も驚いたわ。でも考えてみればしっくり来るの。あの人の死を死と思わぬ人間離れした態度。すぐさまシリルの側室になりたいと言い出したこと。すべてあの姫が魔族だから、そしてシリルと私をすぐ近くで監視したかったからなのよ」


「……」


 シリルは絶句している。


 まさかあの姫にもう情を抱いているのだろうか。

 次の瞬間には「信じられるものか」と言って私に斬りかかってくるかもしれない。

 恐怖に身が震えそうになるのを必死に押し隠す。


「……そうか。狂っていたからではなかったのか」


 シリルがぽつりと呟いた。


「それどころか、アリシアに仇なそうとしている敵に情けをかけてしまうとは……!」


 シリルの顔は憤怒に燃えていた。

 どうやら別の意味で私の言葉は彼の怒りに火を点けてしまったらしい。


「きっとずっと前に本当の姫は殺され、魔族と入れ替わったのでしょう。それがあの姫の狂気の正体よ」


 内心で安堵しながら、言葉を続ける。

 あの意味不明な狂気も精々利用させてもらうとしよう。

 非人間じみた振舞いをすれば非人間だと思われるだけ。

 あの姫もこれでそのことをよく理解するだろう。来世では人間らしく振舞うがいい。


「事情は分かった。早速アリシアの敵を排しに行くとしよう」


 私の言ったことが本当かどうか確かめるという段階すらすっ飛ばして、私の言ったことは彼の中で真実となっているらしい。

 さようならお姫様。シリルに手を出そうとしたのが間違いだったわね。


 シリルは部屋を飛び出す。姫を殺しに行くのだろう。

 殺される直前に姫が変なことを言わないか見張る為に、シリルの後をついていく。


 それにしても足が速い。


「シリル、待って!」


 私も連れていって、と言おうとした時にはもう彼の姿は見えなくなっていた。

 クソ、人を殺しに行くんだからちょっとは躊躇しろ!


「姫の居場所は何処!?」

「え、えっと、聖堂の方へ向かうのを見かけました!」


 そこら辺にいた兵士を捕まえて姫の所在を聞き出す。

 そして私も聖堂へとひた走った。


 城の中の祈りの場、聖堂。

 そこに今は王族の遺体が安置されている。

 まるで彼らの死を悼むかのように、姫がそこで祈りを捧げていた。


(シリルは何処……?)


 てっきりシリルも兵士に居場所を聞いて先にここに来ているかと思ったのだが。

 その程度の頭すら回らなかったのだろうかシリルは。

 今頃自分の足で城中を探し回っているのかもしれない。


 まあいい。シリルがいないならいないで、姫が余計な口を開く前に私がこの手で始末するとしよう。


「御祈祷中のところ失礼致しま……」


 声をかけながら彼女に近寄ろうとしたその時だった。


 ザン――――ッ。


 彼女の身体に剣が生えていた。

 いや、背中から貫かれたのだ。シリルの剣で。


 どのようにして登ったのか、聖堂の天井から落ちてきたシリルが姫の背中を躊躇いなく刺し、殺したのだ。

 え、なんでわざわざ天井に登ったの?


 シリルが姫の背中から剣を引き抜くと、赤い血が溢れ出した。

 姫はピクリとも動かない。可哀想に、即死だろう。


「アリシア、来るのが早かったな。オレはコイツを探すのにちょっと手間取って、屋根伝いに探してたら、ちょうど窓から姿が見えたから飛び降りたんだ」


 わざわざ天井に登った訳ではなく、屋根伝いに移動していたらしい。

 ええ、本当に自分の足で探してたの……。

 知力にデバフかかってないシリル?

 それとも裏切られた経験から他人を頼る発想が出なくなってしまったのかしら。


 そんな話をしていたら、姫の死体が動いたような気がした。

 え?


「どう……し、て…………」


 姫の死体が呻き声を上げながら煙を発している!


 姫の死体は見る間に姿を変えて、青緑色の肌をした魚人のような姿になってしまった。

 ただし、身体は剣に貫かれた風穴が開いたままで血が流れ出し続け瀕死だ。


「どうやって、私が魔族だと見破ったの……!」


 姫だったものは、口から血を吐きながら叫んだ。


 ……え? うそ、マジ?

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