第8話 女の敵は、女。(前編)

「これで全員か」


 王国五神将と王の死体が転がる王の間に、数人の人間が連れて来られていた。


 王の妃に先代の王、そして王子に姫だ。

 彼の望んだ通り、王家を皆殺しにするのだ。


 王族はまだ他にもいるらしいが、とりあえず今回は王城にいる分だけ処刑する。


 城の兵士たちはすっかりシリルの強さに怯えているようであり、王家の為に命を賭してシリルと戦おうという気配はまるで見られない。ここに王家の人間たちを連れてきたのも兵士たちだ。


「よくも、父上を……ッ!!」


 今吼えたのは王子だ。

 この王家の嫡男であり、次期王位継承者だ。

 ちなみにエルネストは次男だと言っていたから、エルネストのお兄さんということになる。

 なるほど、確かに面立ちがよく似ている。


「安心しろ。お前たちもすぐに同じところに送ってやる」


 シリルは二コリと微笑む。

 その目からは完全に正気が喪われている。


 シリルのその言葉に王子は唇を噛み、妃は短い悲鳴を上げ、先代王は震え、姫はひたすらに俯いている。


「私は決してお前に屈しなどしないッ! お前が王国五神将を倒して無傷でいられるほどの実力の持ち主だとしても、打ち勝ってみせるッ!」


 凄い。この王子は王の間の惨状からシリルの戦闘力を正確に理解し、それでもなお立ち向かおうとしている。私には決して持ち得ない勇気だ。


 だが、無意味な勇敢さだ。


「そうか、ならばまずお前から殺そう」

「……ッ!」


 シリルが剣を構えるのと同時に、王子は家族を下がらせ自らも細剣を抜いて構える。

 王子の構えたレイピアは心細いくらいに頼りなく見えた。


「うおおおおおッ!!!!」


 王子は雄叫びを上げて突撃する。

 絶望に向かって彼はひた走る。


 そして――――


「死ね」


 シリルの剣が深々と王子の腹に突き刺さっていた。


「あ……がハァ……ッ」


 王子は血を吐いて倒れた。

 シリルが王子の身体から剣を引き抜くと、血が溢れ出して床に赤い染みを作った。


「次は誰だ?」


 シリルが残った三人の王族に尋ねる。


「わ、わわ、ワシは貴方様には決して逆らいませぬ……ッ!」


 先代王が震えながら口を開く。

 先代の王、つまり今さっき死んだ王子の祖父だ。


「ワシは老い先短い身です、この先隠居するだけです。貴方様には決してご迷惑をかけませぬ。だから、どうか……」

「つまりお前は命乞いをするのか?」

「え、ええ……!」


 しわしわの老人は必死にこくこくと頷く。

 こんなにも老いさらばえてもなお、人間はまだ生きたいと願えるものらしい。

 軽く感動すら覚えてしまった。


「あの若者は誇り高く死んでいったのにな」


 シリルのその一言に先代王は決定的に対応を誤ったことを悟り、固まった。


 シリルはあの王子を殺す時も顔色一つ変えなかったが、内心でその死に様を気に入っていたらしい。

 シリルが私に関すること以外で好悪こうおを示すとは思わなかった。


「あ……」

「お前に生きる価値はない。死ね」


 剣を使う必要もないと言わんばかりに、シリルは老爺のか細い首を掴んだ。

 片手で首を締め上げられ、やがて老人は動かなくなった。

 シリルは老人の死体を無造作に床に落とす。

 どさりと重い音が響く。


「ヒィイイイイッ!!!」


 それを見た王妃が錯乱したように走り出す。

 姫は蹲ったままその場に取り残された。


「娘を置いて逃げるのか。外道だな」


 シリルは逃げる王妃に向かって無造作にナイフを投げた。

 ナイフは吸い込まれるように王妃の背中に刺さり、王妃は倒れた。死んだのだろう。


 それにしてもナイフなんて何処に持っていたのだろう、と思ったらナイフには見覚えがある。

 第二将軍ベルンハルトの持っていたナイフだ。いつの間に拾っていたんだ。


「最後はお前だ」


 床に蹲っているお姫様にシリルが近づく。

 王子の妹だろう。

 彼女は傍目から見て取れるほど大きく震えている。


「死ぬ前に言い遺すことはないか?」


 自分には関係のない罪で死にゆく若い娘を哀れに思ったのか、シリルは珍しく相手に発言する権利を与えた。

 彼の言葉に姫はガバリと顔を上げた。

 姫の顔は……喜色に満ちていた。


「ハ、ハイ! 貴方様に殺して頂けるなんて、恐悦至極に存じますわ!」

「…………」


 シリルの表情はまったく動かない。

 だが私には分かる。あれはあまりの事に思考がフリーズしているのだ。


「普段あんなにつまらない場所だと思っていたこの王の間がこんなにも素敵で凄惨な死で彩られるなんて……ああ! 貴方様はきっと天界から遣わされた死の貴公子に違いないですわ!」


 そう言って姫はまるで豪華絢爛な舞踏会がここで行われているかのように、夢見心地の表情で王の間を見回す。もちろん周囲に広がっているのは将軍たちや姫の肉親の死体と血だ。

 常識的な思考をしていれば、か弱い娘など失神すべき場面だ――――あ、もちろん私は冒険者として培われた精神力があるから失神なんてしないし、いつでも生き残る道を模索するけれどね。


「私を殺す順番を最後に回して下さるなんて、貴公子様はお優しい。私が最後までこの悦楽に浸れるようにとのご配慮ですね?」

「……お前は肉親の死が悲しくないのか?」


 シリルはやっと口を開くと、呆然と姫に尋ねた。


「悲しくないのかですって!? もちろん、悲しいに決まっていますわ!」


 姫がくわっと目を見開く。


「本当に悲しいからこそ、本当の本当に愉しいのに! 悲しみは、いいえ感情は最高の娯楽です貴公子様! 激しい感情の上がり下がりだけが私に忘我の恍惚を感じさせてくれるのです! だってみんな、こぞって悲しいお芝居を観に行くでしょう? それは感情を動かされることを望んでるからではないのですか? 感情を強制的に動かされるのは娯楽なのです! 私は常々思っておりました。悲劇は本当に起こっていることでないのにこれだけ愉しいのだから、実際に悲しいことが起こればそれはどれほどの愉悦をもたらすのだろうかと! でも生憎長いこと悲しいことなんてこの身には起きませんでした。だって私は世界一幸せなお姫様だったから。けど! こうして! 貴方様が私に悲劇をもたらして下さった! それもこれ以上ない程の凄惨さで! これほどの残酷な目に遭った人間はきっと私以外にいない。だから私は世界で一番不幸で幸せな姫になれました。本当に感謝していますわ」


 姫はぼろぼろと涙を零しながら、満面の笑みを浮かべた。


「怖っ」


 生き残る為の演技ではなく、この女は本気で狂っているのだと理解して、私は素で呟いた。


「……可哀想に。この娘は気が狂ってしまったんだな」


 シリルが感じ入ったように呟く。

 いや私が見るにこの姫の狂気は天然ものだけど?

 この惨劇が起こる前から狂ってたんだと思うけれど?


「殺すまでもない」


 そう言ってシリルは振り上げようとしていた剣をそっと下ろしてしまった。


「へ?」

「狂った娘を殺しても意味がない」

「そんな、私を殺して下さらないなんて……!」


 は?


「私を心底から絶望させてくれる気ですのね! そんな、私……貴公子様のことを好きになってしまいますわ!」


 はあああああああ?


「いや……オレにはアリシアという愛する人がいてだな」

「ええ勿論、私は側室で構いません!」

「そうじゃなくてだな」


 姫はシリルの腕に飛びつき、図々しくも腕を絡めたのだった。


「ふう……仕方ないな」


 シリルは肩を竦めて溜息を吐く。

 腕組みすることを許された姫は、私にちろりと視線を向けると、ニヤリと勝利を誇った笑みを浮かべた。


 こ……この女ああああああああ!!!!!

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