第10話 死んでも生き残れ(前編)

「どうやって、私が魔族だと見破ったの……!」


 血反吐を吐きながら姫が魔族としての正体を露わにした。


 ほ、本当に姫が魔族だった!? 嘘でしょ!?

 人間に化けるの下手過ぎ!


 それにしても作り話のつもりがまさか本当のことを言い当ててしまうとは……。

 流石に魔王の半身うんぬんまでは本当にあったりしないわよね?


「アリシアが教えてくれたんだ」


 もう死に体だと思っているのか、シリルが平然と答える。


「おのれ……おのれ……ッ!」


 よほど悔しいのか、姫だった魔族は自分の魚のヒレのような耳からピアスを千切り取る。

 ブチッ、と音を立てて耳が千切れる。

 ピアスを手にした所でどうにかなる訳でもあるまいに。

 ピアスの先は千枚通しのように鋭くなっているから、せいぜい武器として…………


「シリル、危ない!」


 魔族が渾身の力を込めてピアスの先をシリルの足に突き刺す。


「くッ!」


 シリルが魔族の顎を蹴り上げ、魔族の顔を砕いた。

 彼女の掴んでいたピアスが宙を飛び、床に落ちてシャラリと音を立てた。

 お姫様は今度こそ本当に死んだのだ。


「シリル、大丈夫!? 毒か何かにかかってない!?」


 彼に駆け寄って、彼の傷跡を確かめる。

 ピアスによる傷はとても小さかったのか、肉眼では何処を刺されたのか分からない。


「大丈夫だアリシア、何ともない」

「本当っ!?」


 あまりにも私が必死過ぎたからか、シリルがくすりと笑う。


「本当だ。HPが1減っているだけだ。何ならステータスを見るか?」


 シリルが私にステータスを開示してくれた。


 HP 195676224/195676225


 うっわ、凄い数字が並んでる。

 とにかくシリルの体力が1だけ減ってるのは理解できた。うん。

 何かのバッドステータスにかかってたりもしない。


「……?」


 私は何かの違和感を覚え、床に落ちているピアスを拾った。

 金色のピアスは美しく、何らかの魔力が籠っているようには見えない。


「アリシアによく似合うと思う」


 何を勘違いしたのか、シリルはにこりと微笑む。


「ありがとう。それなら私の物にしちゃおうかしら」


 このピアスのことは何だか気にかかる。

 シリルの勘違いをこれ幸いとばかりに、ピアスに浄化魔術をかけてから耳に付けてみせる。


「どう?」

「凄く綺麗だ」


 HP1しか減らなかったとはいえ、自分を刺した武器で飾った女をノータイムで褒められるなんて相変わらずシリルは盲目だ。彼のその脳みその無さが可愛く見えてきてしまったのだから、私も重病かもしれない。


「アリシア。オレは明日、魔王を倒す為の旅に出る。それで、その、」

「私も行くわ」


 彼が何か言う前に宣言した。

 こうなったら何が何でもこの目で確かめたかった。

 もし嘘が実となり、私が本当に魔王の半身だったらどうしよう。そんなことはないと思うけれど。……こうも偶然が続くと嫌な予感がした。


「しかしアリシア、危険だ」

「貴方のことを愛してるから。それだけじゃ不満?」


 ある意味では私はシリルのことを愛してると言えなくもないが、それは確実にシリルの考えている愛とは別の物だ。だからこの言葉は私にとっては真実で、シリルにとっては嘘だ。


「いや、だが……うん、そうだな。一緒に行こう、アリシア」

「ありがとう」


 彼の身体を抱き締めながら、私は微笑の中に思惑を隠した。


 *


「ここが、魔王城……!」


 魔界から最寄りの『翼神の止まり木』に転移し、そこから馬車で魔界を越えてきた。


 途中で出てきた魔物は全部シリルが薙ぎ払ってきた。

 だが何か様子がおかしかった。

 魔界のど真ん中を突っ切って進んできたにしては、出てくる魔物が恐ろしく少なかったのだ。

 魔族の一人にすら遭遇していない。

 まるで魔界の最奥に誘われているかのようだった。


 そして今、目の前に聳え立つ魔王城が見えている。


「アリシア、行くぞ」

「ええ」


 私たちは意を決して魔王城の中に一歩足を踏み入れた。


 ギィィ……バタン。


 私たちの後ろで扉が自然に閉まる。


「人の気配はなかった。魔術か絡繰か何かで閉まったのだろう」


 シリルの見解だ。

 へえ、人の気配か何かも探れるのね。

 ちょっと油断すると私の知らない能力が出てくるわね。


「進もう」


 二人の靴音が城内に響き渡る。

 魔王城には人っ子一人いなかった。


 本当にここが魔王の棲む城なのだろうか。

 もしかしてもぬけの殻なんじゃないの。魔王は逃げ出したとか?

 だが不思議と魔王はここにいる気がした。


「構造的にこの先が玉座のはずだ」


 重い扉の先をシリルが示す。

 王国の城でも王の間へと通じる扉がこういう感じだった。

 シリルじゃないけれど、私もこの先に「いる」というはっきりとした気配のようなものを感じ取っていた。


「……」


 私は無言でこくりと頷いて、扉を開けるように彼に促した。

 重い石製の扉が音を立てて開いていく。


 扉の先には広い空間が広がっていた。

 だだっ広い空間の中央にぽつんと、小さい玉座が一つ。

 扉と同じ白い石材で造られた石の玉座だ。


 その玉座に、女が一人座っていた。

 その女は私を見つめると、愛おしげに目を細めたのだった。


「よくぞ来た、我が半身よ」


 ――――そう。

 またしても私の適当な嘘が何故か現実のものとなってしまったのである。


 もうアレかな、うん。

 適当に嘘を吐いたつもりでも、知らずの内に真実を見抜いてしまうそういう天性の才能が私にはあるのかな。そう思っておくしかないわね!


「まさか魔王が女とはな。それも人間の」


 シリルが一歩前に進み出る。


 確かに魔王は普通の人間のように見えた。

 正体を現したお姫様のように人外めいた身体的特徴は見られない。

 それとも人間に化けているだけなのだろうか。


「そうか? 何もおかしいことはない。かつての"私"も我に選ばれ、そして我と同化しこうしてこの玉座に座している。ただそれだけのことだ」


 魔王は悠々と答える。

 えーと確か私が適当に吐いた嘘の内容は、魔王は人間の中から半身を選んで魂を注ぎ込んで人格を乗っ取ってしまう。そんな感じだったかしら。


 ……うん、分かった。

 毎回人間の女を半身に選んでるってことは、さては初代魔王は人間フェチのスケベ爺だろ。


「そこの男も我の為に半身を送って来てくれてご苦労だった。もう帰ってよいぞ」


 魔王はにこりと笑って言った。


 魔界を進む間に邪魔が異様に少なかったのも、この城に人気がなかったのも、すべては私がここに誘われていたかららしい。攻めに来たどころか、「送ってくれてありがとう」くらいにしか思われてなかった。

 でもそれもこの魔王がシリルの実力を知らないからだろう。シリルの強さを知っていればこんなにのんびりとはしていられない筈だ。


 そう、私の口にした事が本当になろうがどうだろうが知ったこっちゃない。

 だってシリルはこの世のすべてを薙ぎ払えるほど強いのだから。


「何を勘違いしている? オレはこれからお前を殺すんだ。アリシアの為にな」


 シリルが剣を構えて言い放つ。


「ほう、面白い。人間が我を殺すだと? 正気か?」


 魔王は面白そうに笑って、玉座から立ち上がる。

 カツ、コツ、とハイヒールが床を打つ音を響かせて魔王が近づいてくる。


「今の内に去れ。でないとこの世の者でなくなるのは貴様の方だ」

「それはこちらの台詞だッ!」


 不意打ち気味にシリルが魔王に斬りかかった。

 哀れ、魔王の首は胴体を離れ床を転がり、首を失った胴体は――――シリルの胸倉を掴んでシリルを持ち上げていた。


「なッ!?」


 切り取られた方の首は塵となり消え、代わりに胴体から新しい首が生えてくる。

 魔王の新しく生えてきた方の顔はニヤリと凄惨な笑みを浮かべていた。


「なあ、言ったであろう?」

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