第6話 殺戮の時間が始まる(前編)

「それにしても王国相手に復讐なんて、一体どうする気なの?」


 周囲は喧噪に満ち、背の高い建物が並んでいる。

 私が転移魔術を使用して二人で王国までやってきたのだ。


 ちなみにこの転移魔術を使えば一時的にはシリルから逃げることが出来るかもしれない。

 でもそれはシリルを裏切るということだし、転移魔術は『翼神の止まり木』と呼ばれる神殿から神殿へとしか転移できない。

 いつの日か彼に見つけ出されて引き裂かれるかもしれないと思うと、とてもじゃないが逃げ出す気にはなれなかった。


 シリルを御する最もいい方法は、彼の矛先を他へと向けることだ。

 私はそう確信し始めていた。


「王国はオレからアリシアを奪おうとしたんだ。その復讐の為には勿論……」


 彼に王国への復讐を促したのは私ではあるが、何処までやる気なのか不安で仕方なかった。

 まさかいくら彼でも王国の国民を一人残らず殺害、なんてことはしないと思いたい。


「王家は一族郎党皆殺し、政治中枢を壊滅させる」


 シリルのその思いの外冷静な宣言に、ほっと胸を撫で下ろした。

 いくら何でも理不尽な虐殺の扇動者にはなりたくなかった。

 私が死なない為だと考えれば、よく知らない一家が惨殺されるくらいはまあ耐えられる。


「どうしてほっとした顔をしてるんだ、アリシア?」

「だって、その程度で済ませるなんてシリルは昔の優しいシリルのままなんだなって思って」


 にこりと微笑んでシリルを見つめると、シリルは照れたように顔を逸らした。


 勿論そんなことは全然思ってないし、何なら昔だってシリルのことをさして優しい人間だと思ったことはない。

 それにしてもやることやっておいて今更照れるだなんて初心な態度を見せるシリルはやはり、思考回路の何処かが可笑しくなってしまっているのかもしれない。


「それで、方法は? 王城に忍び込む?」


 私の魔術を使えば気配を消して忍び込むくらいはできるだろう。

 そうすればシリルの共犯となるが、それぐらいはやむを得ない。


「いや――――正面突破だ」


 マジかよ。


 歩いているうちに、私たちは王城の正面入り口までやって来ていた。


「何者だ。ここは許可ある者以外踏み入ることはできない」


 ズンズンと突き進むシリルは当然のように兵士らの交差した槍に阻まれた。


「どけ。どかないと殺す」


 シリルは愚直に兵士に脅し文句を突き付ける。

 ヤバい。このままでは王国民全員は虐殺されなくても、城の兵士虐殺祭りが始まってしまう。

 流石にそれは目覚めが悪い。


「わ、私は勇者のお供をしているアリシアですっ! 勇者様たちについて危急の報せがあって戻って参りました!」


 素早くシリルと兵士らの間に割り込んで、でたらめな用件を叫んだ。

 兵士たちはさっと顔色を変えると、その内の一人が急いで城の中へ駆けていく。

 そしてほどなくして息を切らせて戻ってきた。


「失礼しました。王の間へどうぞ」


 カツッ、コツ。

 私たちの足音が石造りの廊下に響く。


「アリシア。さっきはありがとう。でも、何故?」


 先導する兵士に聞こえないようにシリルが耳打ちしてくる。

 さっき私が割り込んだ時のことについて聞いてるのだろう。


「そんなの、無駄な戦闘はしない方がいいからに決まってるでしょ」


 当たり前のことだとばかりに答えたが、額を冷や汗が伝う。

 感謝の言葉を口にしたくらいだし、王国を庇ったようには見えてない筈。

 だってシリルは復讐の達成条件を「王家皆殺し」と言ったのだから。

 いくら何でも城の兵士まで殺したかった……とは言わないよね?


「そうか。オレが体力を温存できるように……アリシアは賢いな」


 シリルはそっと言って微笑んだ。

 お前が考え無し過ぎるんだ。と思わず突っ込みたくなった。


 いや仕方ない。

 シリルは私に関することになると頭の中が曇ってしまう病にかかってるのだ。

 むしろそんな性格でなければ、私の命はとっくのとうに無いものになっていただろう。


 やがて重厚な扉が見えてきた。

 王の間に通じる扉だ。

 ここに来るのは二度目だ。

 以前シリルと一緒に来た時とは何もかもが変わってしまったのが不思議な気持ちだった。


 扉が開かれ、その奥に青い顔をした王様が玉座に座っているのが見えた。


「き、危急の報せとは……エルネストは、いや、勇者は無事なのか!?」


 魔術師の私だけが血相を変えて戻ってきたというのだから、王様は最悪の想像をしているらしい。

 しかしまさか魔王でも何でもなく私の幼馴染に勇者一行が殺されたとは、この王様も夢にも思うまい。


 それにしても計算外だったのは王の周りに五人の人間が侍っていることだ。


「あいつらは何だ?」


 シリルが小声で尋ねてくる。


「多分、王国を護る五神将よ。物凄い強いの」


 五神将が全員揃ってるなんて、まさか殺気を気取られたのだろうか。

 それとも勇者や王子に何かあったかもしれない緊急事態とあって集まってきただけだろうか。


 五神将をこうして目にするのは初めてだ。

 その強さについては旅の中で噂を耳にしたことがある。


 まず第一将軍アロイス。

 無数の光の刃を操ることができるという老将。

 百の戦場で闘って傷一つ負うことがなかったと言われている。


 次に第二将軍ベルンハルト。

 最速の槍兵と呼ばれ、馬よりも速く駆けることができる。

 噂によれば暗殺の達人でもあるらしい。

 王国の暗部は彼が一手に担っているとまことしやかに囁かれている。


 第三将軍クリストフ。

 眼鏡をかけた彼は優れた弓兵でありながら医術にも精通しており、王の侍医でもあるという。

 特筆すべきは彼が毒の調合にも長けていること。

 彼の毒矢に掠りでもすれば、敵はたちまちの内に死に至るという。


 紅一点の第四将軍ディートリンデ。

 美しい金髪を靡かせ深紅の口紅を塗った彼女は一見普通の女に見えるが、露出の多い装束の合間から無数の傷跡が刻まれた肌が見える。

 その正体は戦闘狂の格闘家であり、一蹴りで敵の身体中の骨という骨を砕いて殺すのだとか。


 最後に第五将軍エメリヒ。

 常に棺を持ち歩き深く被ったフードで顔を隠した全てが謎に包まれた男。

 彼の棺が開かれる時は世界の終焉が訪れる時だとまで言われている。


 流石のシリルと言えどこの五人を同時に相手するのはキツイのではないだろうか。

 彼に何か策があるとも思えないが、どうする気だろう。


「王よ、それが……」


 とりあえず時間稼ぎのために私が口を開く。


「勇者ツカサ、剣聖エルネスト、聖守護者ラファエルの三名は……死にました」

「は、ぁ……?」


 王は驚きのあまり玉座から転げ落ちそうになった。


「村外れの人気のない宿でのことでした。何者かに襲われ、血塗れの三人の死体が……。私は命からがら逃げ出すことに成功し、今ここに」


 嘘は一つも含まれていないのでスラスラと喋ることができた。

 それらしく顔を青褪めさせることすらできる。


「な、な、一体何者が……魔族か!? 魔族に襲撃されたのかっ!? いや、それより勇者らが死んだというのは確実なのか、確認したのか!?」


 王様は唾を飛ばして尋ねる。


「下手人については判明しています」


 ここでシリルが前に進み出て堂々とそう言った。

 何か策が思いついたのだろうか。彼に任せることにしよう。


「ん……そちには見覚えがあるような?」

「気のせいでしょう」


 シリルは落ち着いた表情でにこりと答える。

 彼の笑顔が私に向けられている訳ではないのに、彼の落ち着き具合が怖ろしかった。


「確かに、そのようだな」


 以前とは肌の色が違ってしまってるからか、王はシリルの正体に気づかなかったようだ。

 それも当然か。前にシリルが王の間に来た時には酷く不安げで弱気な表情をしていた。

 こんな風に堂々としていると、私ですらシリルが別人のように見える。


「それより下手人だ、勇者たちを殺したのは一体何者だったのだっ!?」

「オレです」


 一瞬、王の間の空気が止まった。

 今、シリルが何と言ったのか誰も理解できなかったのだろう。


「は……?」

「そして王よ、オレは貴方のことも殺しに参りました」


 にっこり浮かべた笑顔のまま、シリルは無造作に前に進む。


 まさかそのまま向かっていくつもりなのか。

 シリルに策なんて期待するだけ無駄だったらしい。

 彼は愚直に目的に向かっていくことしかしない。


「王よ、お下がりくださいッ!」


 シリルが王を殺そうとしている。

 やっとそのことだけは理解できた五神将が、王とシリルの間に立ちはだかり壁となる。


「邪魔だ」


 いつ剣を抜いたのか見えなかった。


 気が付いたらシリルが剣を振り抜いていて、光剣の老将アロイスの首がぐらりと傾ぐ。

 老将の首が血を噴き出して落ちていくのと同時に、他の四将の胸や腹からも鮮血が飛び散った。

 五人の身体がバタバタと床に倒れ伏していく。


「ガハァ…………ッ!」


 何をどうしたのか、シリルはたったの一閃で王国五神将を絶命させてしまった。

 彼らはもうピクリとも動かない。


 不意に、宙に無数の光の剣が現れて一斉にシリルめがけて放たれる。

 しかしそのいずれもシリルの身体を穿つことはなく、砕けて散っていった。


「爺の魔術が遅れて発動したか。でも残念だったな、オレに神秘の類は通用しない」


 シリルは光の欠片を一瞥して呟いた。


 そもそも彼の圧倒的な強さを以てすれば策など必要ないのだ。

 それが彼の愚直さの正体だ。落ち着き払った態度の正体だ。


「あ……あ……」


 彼の姿に、不思議な高揚感が胸を満たしていくのを感じた。

 そうだ。私は前にもこんな感覚を抱いたことがある。

 でも、それは一体いつ……?


「はひっ、ひ、ひひぃい……っ!!」


 王が玉座から転げ落ちて後退りしている。

 しかしシリルに怯えているにしては目線がなんだかおかしい。

 まるでシリルにというよりも五神将の死体に、もっと言えば第五将軍エメリヒの持っていた棺に反応しているように見える。


「よ、よ、よ、よくも、な……ッ!!!」


 王が絶叫した。

 それと同時にギギィ……と音がしてゆっくりと棺が一人でに開いていくのが見えた。


 棺の中に、一体何が入っているというの?

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