第5話 奴は怪物(後編)

「オレの指輪を持って何処に行く気だったんだ?」


 二コリ、彼の目が細められる。


 まだ希望はある。

 だからどうにかして彼をまた騙し切らねばならない。


「シリル、違うの」

「何がどう違うんだい?」

「ごめんね、勝手に指輪を持ってきて。でも、これは……強くなりたくて!」


 彼を弱体化させたかった訳ではないのなら、自分が強くなりたかったからという理由しかない。

 そう思って口に出した言葉だったが、自分でもこの言い訳の稚拙さに笑いたくなってしまった。

 ああ、「シリルの呪いを解きたかった」とか他にいくらでも言いようはあったのに。


 でも一度口に出してしまったのだから、この路線で行くしかない。


「強く?」


 私の言葉に虚を突かれたかのように、シリルが訝しむ。


 そうだ。

 アリシアという女魔術師は何らかの理由で強くなりたいと思っている。それは何故?

 頭の中で必死に言葉を探す。


「ふ、復讐したい相手がいるの!」

「復讐だと?」


 半ば本能に近い勢いで言葉を口に出した。

 復讐だなんて。自分で自分の言葉を疑う。『理の紡ぎ手』とまで呼ばれた魔術師がさらに怪しげな指輪の力を借りてまで復讐したい相手なんて、よっぽどの強大な……


 そこまで考えてスッと頭が冷えていくのを感じた。

 いける。いや、いくしかない。


「――――ええ。王国にね」


 声音を落として暗い眼差しをシリルに向ける。

 彼は完全に面食らっている。


「そもそも疑問に思わなかった? 魔王討伐の為に勇者を召喚し、パーティを組むだなんて。魔王は確かに人間の領土の多くを奪い魔界にしてしまったけれど、魔王が人間の国を攻めてくることなんてもう数十年もない」


 頭の中で素早く嘘を組み立てながら、自分で自分の言葉に納得していた。

 確かに今考えれば勇者パーティ結成の話は何処かおかしく見える。

 そこを軸に嘘を組み立てていこう。


「どうしてこのタイミングで勇者なんて召喚して、突然魔王を討伐しようなんて王国は思い立ったのか。最初からおかしな話だったのよ」

「確かに……」


 シリルは話に引き込まれたように頷いている。

 よし、手応えありだ!


「王国はね、最初から魔王討伐が目的じゃなかったの」

「どういうことだ……?」

「異世界から召喚した勇者は鯛を釣る為の海老でしかなかった。王国が本当に欲しかったのは――――この私。『理の紡ぎ手』よ」

「な……ッ!?」


 そんな訳あるかと自分では思うが、シリルは私の事になると見境いを失う傾向にある。

 私を話の中心に据えるくらいで丁度いい。


「最初は弱い勇者を育てる為に各分野のエキスパートがパーティに必要だと言い訳して、最初から私を引き入れるのが目的だったの。『理の紡ぎ手』を王国の手中に収めることでこの世界で覇権を握る為に」


「アリシアは確かに魔法で何でもできるけれど、だからってそんな……」


 シリルはまだこの嘘を信じ切っていない。

 もっと刺激的な話を重ねなければ。


 あと別に私は何でもできる訳ではない。

 たかだか無詠唱魔術と複合魔術を息をするように行使できるというだけで、魔力値にだって限界はある。

 でも魔術のことがよく分かってなくて私に関することとなると盲目になるシリルには、何でもできるように見えているようだ。


「王国はあわよくば王家に『理の紡ぎ手』の血を入れることができないかと画策していたの」

「それって、どういう……」

「剣聖エルネスト。あの人だけ出自を明かしてなかったでしょう。あの人、実は王子なの」

「なんだって!?」


 これは嘘ではない。

 シリルがいなくなってから暫くして、エルネストが自らパーティの皆に自分の出自を明かしたのだ。

 シリルは当然それを知らない。


「剣聖は王子だったし、勇者は王国が召喚したから王国の者と言えるし、王国教会から派遣された異端審問官も勿論王国の息がかかっている。王国としては私を……誰と番わせても良かった」


 直截な物言いにシリルの顔が怒りに歪んでいく。

 彼は上手いこと冷静さを失ってくれたようだ。


「その為にはシリル、貴方の存在が邪魔だった。だから貴方は暗殺されかけたの。つまり貴方がこんなことになってしまったのも全部、王国のせいなのよ!」


「……!」


「だから私には貴方の指輪が必要だった。私が呪いを引き受けて王国に復讐すれば、それで全て解決すると思ったから……!」


 涙ながらに叫んだ私の身体を、彼が衝動的に抱き締める。


「アリシア。オレと君は一心同体だ。君の復讐はオレの復讐だ」


 彼が真っ直ぐに私を見つめる。

 その表情は愛おしさに溢れていた。


「君がそこまでする必要はない。オレが王国に復讐する……!」

「シリル……っ!」


 彼を抱き締め返し、彼の胸に顔を埋める。

 彼に私を殺す気がないことを確認し、私は密かにほくそ笑んだ。


 こうして私は再びシリルを騙し、生き残ることができた。

 その代償として私はこの狂った男に一つの王国を差し出してしまったのである。

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